救星のベルセルク

泡雪

第1話


 4月。葉桜が生い茂り、遠くの空を4枚羽のセリオンが旋回し、その下では富士山が真っ黒な灰を噴き上げる。そんな、いつも通りの朝。


 気温35℃超えの灼熱の中、破壊痕の残る道路を一人の男が歩いていた。


「あぢぃ……」


 高校指定の真新しいワイシャツにスラックス。身長は180近く、無造作ヘアが目元を覆い、額に浮かぶ汗を拭うことなく、そのままパタパタと襟元を扇ぐ。僅かに開いたシャツの隙間から覗く首筋は、引き締まった筋肉の線を強調していた。


 男はだらだらと道を進む。陽炎が揺らめく中、逃げ水を追いかけること30分。ようやくまともな建物が視界に入り、その中心に鎮座する白いドーム状の施設へと足を向ける。


「お、時間ぴったし。さすが俺」


 呟いた直後、遠くから走ってくる細身の列車が視界に入る。近未来的なデザインの列車がゆるやかに減速し、乗降口を開く。


「さっさと行って登録してきますかね」


 行先表示が、『大月行き』から『甲府行き』に切り替わるのを見届けながら、男——羽瀬直臣は列車へと乗り込んだ。



 ★  ★  ★



人類がこの地球に生まれて数十万年。文明の進化は時代と共に進んできたが、その流れに大きな変革がもたらされたのは、今から約百年前のことだった。


2000年7月7日。全世界で発生したM9.0規模の大地震は、未曾有の大災害として人類史に刻まれた。しかし、本当の異変はその後だった。

 地割れし、崩壊した都市の地下から現れたのは、異世界の産物としか思えない巨大な建造物群——ダンジョン。


 当初、各国はこのダンジョンの存在を警戒し、調査を慎重に進めた。だが、ある国がダンジョン内部で大量の鉱石資源を発見したことを皮切りに、各国は競うように探索を進めることになる。


そして、人類はダンジョンに群がるようになった。

 未知の鉱石、莫大な財宝、そして――

 『ノヴァ』と呼ばれるエネルギー結晶。


 ダンジョンには怪物——『セリオン』が徘徊していた。そのセリオンを討伐することで生まれるノヴァの存在が、ダンジョン攻略をさらに加速させたのだ。


ノヴァは既存の原子力エネルギーの数十倍もの効率を誇り、人類はこの新たな資源によって技術革新を遂げた。街は昼夜を問わず光に包まれ、自動運転の車が空を飛び交い、携帯端末を操ることで誰もがどこであっても情報に即座にアクセスできる。


 世界は、ダンジョンを中心とした世界へと変わっていった。


 それが薄氷の上にある平和だとも気づかずに。


 この輝かしい時代に影が見え始めたのは2054年。ダンジョン探索が下火となり、人の気が少なくなったダンジョン周辺の街中で、セリオンの目撃情報が報告されるようになったのだ。セリオンはダンジョン内の生き物。その常識が崩れ去るこの出来事は、しかし平和に支配された世の中では、ほとんどの人が脅威として捉えることはなかった。


 所詮セリオン、誰かが倒してくれるだろう。 多くの人が思っていたのはそんな人任せの考えだった。


 その怠惰のつけは最悪の形で払わされることになる。


 2061年、全世界同時多発的ダンジョンスタンピード、通称『大氾濫』


 その日、全世界で都市が飲み込まれ、数十億の命が奪われた。


それは日本も例外ではない。東京は一夜にして壊滅し、関東全域がセリオンの生息地へと変貌。北海道、九州、四国もまた大きな被害を受け、日本の生存圏は激減した。


生存領域を失い、人口は半減に。人類は薄氷の下に広がる暗黒の世界に突き落とされたのだった。


 それからおよそ50年。人類の生存圏は元の40%程度まで回復したものの、変わらずほとんどの地域はセリオンに占領されている。


 だが、50年もあれば人類は慣れるものだ。セリオンを狩るダンジョン探索者は、その名を『救星者』と変え、人類の新たな希望となった。そして、救星者によって得られたノヴァにより、再び、人類は大きく発展を遂げた。


 地下深くだろうとどこでもつながる『ステラインデバイス』で人々は連絡を取り合い、各国の都市部は外敵の侵入を妨げる『ステラドーム』で囲まれ、ステラエネルギーを内包した『ステラウェポン』は救星者の標準武器になっている。それになにより、『ステラビリティ』により、救星者はより力を求めるようになった。


 これは、そんな時代を生きるひとりの男の物語である。





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初めまして、泡雪です。

本日は11話まで10分ごとに投稿いたします。

以降は第一部終了まで毎日20時投稿予定です。

よろしくお願いいたします。



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