第11話 光の魔法使い
「魔法は火、水、風、土、四つの属性に分かれている。雷や氷は近年では魔法家具に利用される人気の属性だが、どちらも四大属性の派生だ」
基礎教養の授業の内容は、多岐に渡る。騎士の業務内容からはじまり、王城でのマナーや魔物の知識。いずれにせよ、騎士の業務に必要な知識を身につける授業内容になっていた。
今日の授業は、魔法についての基礎知識。いまのところ、教師が話しているのは、この国で生活している人間ならだれもが知っているような常識で、教室にいるほとんどの生徒が退屈そうな顔をしていた。もっとも、ギギーはどれも知らなかったが。
数百年前と比べて魔法は衰退の一途をたどっていた。魔法の使い手は年々減少し、現代では希少な存在となっている。その一方で、魔法は近年新たな進化を遂げている。
魔物を倒し、土地を拓くために使われていた魔法が、近年では人々の生活を豊かにするために使われるようになった。魔法石を使った魔法道具がその最たるものだ。魔法道具の普及に併せて、新たな魔法石の開発も進んでいる。
「諸君も知っているように、現代では魔法を使えるものは少ない。数百年前は、魔物討伐にも魔法使いが駆り出され、魔法を使える騎士も多かった。だが、現代では魔法使いは希少で、国の保護対象となっている。きみたちが護衛を務める機会もあるだろう」
自分たち騎士が守るべき存在。そう告げられて、だらしなく緩んでいた教室の空気が、ぴんと張り詰めた気がした。
魔法使いは貴重な存在ゆえに、国で保護されている。この国では十歳の子どもに魔力検査が義務づけられていて、ギギーも母に教会へ連れていかれ、検査を受けた。ほかに検査を受ける子どもはほとんど見かけず、ひとりだけ赤毛の少年が椅子に座っていたのを覚えている。当然ながらギギーは魔力なしの判定だった。
確か、レオルはこのクラスで唯一の魔力持ちだと聞いている。離れた場所に座るレオルの姿をちらりと盗み見たが、後ろからでは顔が見えなかった。
「魔法が使えるかどうかは血によるもの、本人の素質によるもの、いまだにどちらの説も解明されていないが、この国の王族は魔法を使える方が多い。有名なのは、聖女とうたわれたルフィナ殿下の光魔法だな」
ルフィナ・セラ・アイレルズ王女殿下。同じ時代に世界でたったひとりしか現れない光魔法の使い手で、三百年前の魔物の大発生では、多くの国民を救ったとされている伝説の王女だ。その魔法は大けがをたちどころに癒し、難病を快復させ、魔物の力を抑え込んだという。この国の子どもならだれもが聞かされるおとぎ話で、正直なところ真偽のほどはわからない。魔法を使える人間さえまれなのに、光の魔法使いなんてそうそうお目にかかれるものではないのだから。
「今代の光の魔法使いが現れたら、諸君らが警護することがあるかもしれんな」
そんな大役を任されるとしたら、エリオットやレオルのような優秀な騎士だけだ。そう思いながら隣を見ると、エリオットは意外なほどに真剣な顔で教師の話に聞き入っていた。
「光の魔法使いって本当に現れるのかな」
午前中の授業が終わって、食堂で昼食を摂っている最中だった。ギギーのことばに、エリオットはぱちぱちとまばたきを繰り返した。
魔法はアイレルズ王国特有の能力だ。魔法使いはこの国でしか生まれないとされている。近年は魔法使いの数も希少になっているから、そもそも光の魔法使いが次も生まれる確証なんてどこにもないのだ。
先代が亡くなってから、新しい光の魔法使いの捜索に国は尽力しているらしい。きっとギギーには想像もつかないほど膨大なお金が動いているのだろう。存在するかもわからない人間のために金を使うくらいなら、いま生きている人々のためにもっとお金を使ったほうが堅実ではないかとギギーは思ってしまう。
「僕はこの国のどこかにいると信じてるよ」
疑うことなどみじんもないような顔で、エリオットが言った。それからどうしてか、苦笑いのような、笑うのをこらえているような、微妙な表情を浮かべて見せる。
「……気を悪くさせたなら、謝る。ごめん」
「そうじゃないよ。ギギーにそんなことを訊かれるとは思っていなかったから、驚いたんだ」
「光の魔法使いが現れるって信じてるエリオットに言うのもなんだけど……なんだか、現実味がなくて作り話みたいに思えるんだ」
光魔法も、光魔法の魔法石も、ギギーにとっては身近ではなく、夢のような存在だ。魔法を使った治癒が簡単にできないからこそ、薬草は重要視され、人々を助ける力となる。日々、医療は進歩している。
薬草園で働くようになって、職員から医療について聞く機会が増えた。母が薬剤師だったこともあり、医療に興味を持つようになった。植物の本だけでなく、医療に関する本も読むようになった。
魔法だけでけがも病気も治せるなんて、そんなにうまい話があるのだろうか。もちろん、本当に魔法で治療が可能だとしても、たったひとりの人間にすべてのひとを救うことはできない。だから、もし光の魔法使いが現れたとしても、薬草や医師が不要になるわけではない。
光魔法の活用方法や、医師や医療関係者との連携が重要となってくるはずだ。薬草園や学校の図書館で光魔法に関する本を見かけたことはないが、探せばあるのだろうか。
そんなことを考えていると、エリオットが目元をやわらげて口を開いた。
「ギギーがなにを考えたのか、わかるような気がするよ」
たぶん、エリオットは正しくギギーの考えを読んだはずだ。ときどき、エリオットと読んだ本の話をするから、ギギーが医療に興味を持っているのを知っている。
思考が単純なようで恥ずかしくて、ごまかすようにパンを口に詰め込んでいると、もごもごと口を動かすギギーを見て、エリオットが笑みを深くさせた。
「我が家にとって、光の魔法使いは特別なんだ。……三百年前からずっと」
エリオットが、自分の家について話すのはめずらしかった。家どころか、エリオットはあまり自分について話さない。
「僕は父から、父は祖父から、祖父はその父から……そうやって、三百年もの長いあいだずっと親から子へと語り継がれてきた。物心ついたころから、光の魔法使いのことを聞かされたよ」
光の魔法使いには、きっと何人もの騎士が警護につくのだろう。シュレーバー伯爵家は、代々王族を守ってきた騎士の家系だと聞いているが、光の魔法使いの騎士を務めた歴史もあるのかもしれない。
「――光の魔法使いは、僕にとってあこがれなんだ」
エリオットの声が熱を帯びていた。そのひとが特別なのだと、エリオットの声が、表情が、雄弁に物語る。
「寝ても覚めても、そのひとのことばかり考えているよ」
エリオットは、そのひとが好きなのだ。
まだ姿も声も名前も知らない相手に、恋をするなんてありえるのだろうか。きっと、あるのだろう。だって、実際にエリオットは恋をしている。恋愛経験などかけらもないギギーにだってわかるほどに、それは強くひたむきな気持ちに思えた。
「……エリオットは、騎士になって光の魔法使いを守りたいの?」
まっすぐにこちらを見つめるエリオットが、まぶしそうに目を細める。
「そうだね。……そのひとを守るのが僕の望みだ」
光の魔法使いが、エリオットの前に早く現れてほしい。エリオットが騎士になって、望みをかなえてほしい。エリオットの想いが実ってほしい。
そう思ったのに、どうしてか喉が詰まってなにも言えなかった。
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