第8話 食べられるか、売られるか

 結局、ハイラはそれ以上のことを聞くことはなく、そのまま帰っていった。

 なにはともあれ、絵を売ったことには、ちがいないし、状況が進歩したことはいいことだと思うんだけど……。

「な、なんだ、この記事……」

 あれから、数日。

 やっとこの世界の空気感になじんできたころ、ハイラの記事がポストにとどいていた。

 そこまでは問題ない。ただ内容が―――

「絵描きの弟子はまさかの人間!?その正体とは……ってこれ、ゆかりのことじゃないの?」

 シロハが小さく書かれた見出しを音読する。

 そう、表紙には大きくクロカの絵とインタビュー内容がのっているのだが、それに加えて記事には、小さい見出しが何個かあった。

 そのひとつに、私のこと……つまり、ここにいてはいけない『人間』という存在が書かれていた。

「これって多分、ダメなやつですよね?」

「多分もなにも、よゆうでアウトよ!ほとんどの妖怪は、この記事を読んでいるはず。ここで妖怪に捕まった人間は、食べられるか、売られるか……」

 想像しただけで、最悪の気分だ。

「どうすればいいんですかね…?」

 シロハはイライラを発散するように、ベシッと、記事をたたく。

「私は最初から、あやかしの山にいるのは反対だから出ていけ。…と言いたいところだけど、クロカは認めないでしょうし、私がなんとかするしかないわね」

 シロハは新聞を私から取ると、丸めて、ふところにしまった。

「まったく、やっかいごとを増やさないでよね。はい、入って」

 シロハは私の背中を押して、家に入れる。

「私は外を見てくるわ」

 シロハはドアをとじて、外に出て行ってしまった。

 家を見わたすかぎりクロカはいない。

 多分、2階だ。

 2階のアトリエに向かうと、そこには絵を描いているクロカがいた。

「……」

 ただ無心に手を動かしている後ろ姿は、いつものちゃらんぽらんな人とは、まるで別人で。

 真剣なまなざしで、キャンバスを見つめている。

 こっちまで緊張感がつたわってくるようだ。

 ただ、ここからだと、肝心の絵が見えない。

 静かに近づこうと、一歩をふみだすと、古くなった木の床がギィィ…と音を立ててしまった。

「あ」

「……ゆかりん?」

 クロカはクルッと、ふりかえって、私の方を見る。

 気づかれちゃった。

「すみません、ジャマをするつもりはなかったんですが……」

「ジャマだなんて。となりで描かない?色々教えてやろう」

 クロカはいつものように笑いながら、となりのイスをポンポンとたたく。

「ありがとうござます…では、失礼して」

 クロカはウキウキで、私の道具を準備をはじめた。


* * *


「予想通りっていうのも、困ったものね」

 家の周囲は、記事を読んだであろう妖怪たちにかこまれていた。

 今はシロハにおびえて奥の方に隠れているが、逃げる様子もないので、恐らく人さらいが目的の連中だろう、とシロハは目星をつける。

「人間が目的ってならおことわりよ!!」

 周りの妖怪たちに聞こえる様に、シロハはさけぶが、妖怪たちは引く気がないようだ。

「……そっちがその気なら、私だってずっとここにいてやるわよ!燃やされたいやつは順番に出てきなさい!」

 シロハはおどしのように、周囲を炎で燃やした。


* * *


 気づけば、私の帰る時間になった。

「すみません、そろそろ帰りたいんですけど、シロハさんって…?」

「あぁ、そういや今日は裏口から。私がいっしょについていくから」

 そう言って、ピョンッと立ち上がる。

「えぇ……不安です」

「1日ぐらい大丈夫だって。それにシロハが、今日はこれが一番安全だって言ってたし」

 今朝の記事のことを気にかけてくれているのか。

「わかりました。まっすぐつれて帰ってくださいね?」

「師匠にまかせなさい!」

 私たちは家のすみの、小さな裏口から外に出た。


* * *


 シロハが妖怪たちの気を引いてくれているのもあって、すんなり出口までたどりつけた。

「ほい、あけたから。また明日」

 クロカが穴をあけると、雑に手をふって、あいさつをする。

「はい、ありがとうございます」

 私は真っ暗な穴に飛びこんだ。

 もう、これもなれたものだ。


* * *


 あやかしの山から帰ってくると、もう外は日が暮れそうだった。

「早く帰らないとな」

 早足で山をかけおりると、空からバサリッと、大きな羽が飛ぶ音がした。

 空を見上げると、そこには―――

 たくさんのコウモリが黒い霧のように、空をおおっていた。

「ひぃ!!」

 なんで!?あやかしの山はもう出たはずなのに…!

 大急ぎで逃げるが、コウモリもずっと追いかけてくる。

 こんな山に、コウモリなんているはずがない。

 疑問と恐怖が頭を交互にめぐる。


「見つけましたわー!」


高く、よく響く声が聞こえたと思った瞬間、目の前に、コウモリのような羽を生やした、ドレス姿の女性が空から、ゆっくりとおりてきた。

「お話、いいかしら?」

 女性は赤い目を光らせる。

 あぁ、せめて食べられる以外の用事でお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る