第6話 最初のお客は無害なオバケ?

 いきおいで言ったものの、妖怪に絵を売るのは、かなり難しいのだろう。

 あの量の絵を描いているクロカが、1枚も絵を売っていないのが、一番の証拠だ。

 とりあえず用事も終わったし、花畑を離れてまた真っ暗な道を2人で歩く。

 少し進むと、クロカが黒いのもあって姿を見失ってしまった。

「師匠、いますか?」

「ん~?いるよ」

 よかった。前を歩いているみたい。

 後を追うために小走りをすると、頭になにか、つめたいものがぶつかった。

 クロカの翼?それにしては冷たすぎるような…?

「……あ、ゴメン。ぶつかっちゃった?」

 知らない声だ。

 顔をあげて、姿を見ようと目をこらすと―――

 灰色の長いボサボサ髪に、まっしろな着物。

 生気を感じない、すけた肌。

 きわめつけに、下半身はぼやけて見えない。

「……オ、オバケェェェエエ!?!?」

 ホントに出た!?

「ゆかりん!?大丈夫―――」

 クロカはふりかえったが、オバケには気づいていない様子。

「ん?いや、オバケなんていないじゃん」

「い、いますよ!」

「いるよ~」

 私が指をさした先のオバケは、クロカに向けて手をふっている。

「ほらっ!手!ふってますよ!」

「なに言ってんだか。さっさと帰るよ」

 クロカは私にあきれたようで、そのまま前に行ってしまった。

「いや、ちょっと!まってくださいよ!」

「……あいつ、妖怪のくせにアタシが見えないの?」

 オバケはオバケで、クロカにあきれてるみたい。

 クロカの背中を目で追っていると、後ろから肩をつつかれた。

「アンタ、人間でしょ?別にアタシは妖怪とかじゃないから、人間食べないし、おどろかせる趣味もない無害なオバケだからさ、ちょっとついて行ってもいい?」

「……なんでですか?」

 自称無害なオバケは、私のうたがいの目に気づいたのか、あわてている。

「えーっと、あの、仕事柄ね!人間みたいな、めずらしいヤツと動いておきたくて」

「仕事?」

 妖怪ならまだしも、オバケになってまで、はたらくなんて考えずらいけど……。

「アタシ、あやかしの山で新聞記者をやってるのよ。人間なんて、いっしょにいるだけで、ネタの宝庫!ちょうどヒマだったから、少しお話聞かせ―――あ、ちょっと逃げないでよ!」

 オバケが記者をやってるのはこの際いいとして、私のことを新聞に書かれたら、絶対にマズイ。

 私は走って逃げたが、オバケはフワフワと飛んでいるからか、簡単に先回りされた。

 くそう、意外と速いなこのオバケ。

 逃げきれなさそうだし、走るのもつかれたし、私はあきらめて足を止める。

「はぁ、もういいですから、なにもしないでくださいよ?」

 オバケは「やったー!」と言って、私のとなりにピッタリとくっつく。

 なにかあっても、シロハがなんとかしてくれるだろう。

 私はオバケとともに、クロカの後を追った。


* * *


「たっだいまー!」

 クロカはいきおいよく、家のドアをあける。

 あとからつづいて、私はオバケをつれて中に入った。

「ただいまです……」

 シロハが台所から出てきた。

「はいはい、おかえりなさい。ケガはしてない?って、それ―――」

 シロハは真っ先に、オバケの方を指さした。

「げぇ!シロハ!?」

 オバケはシロハを見て、うろたえる。

 知り合いなのかな…?

「……これまた、めんどうなのをつれてきたわね」

 シロハは眉をひそめた。

「なになに?まさか、シロハまでオバケがいるとか言い出すんじゃ―――」

「いるわよ、ゆかりのとなりに。アンタには見えないでしょうけど」

 クロカは目をこすって、私のとなりで目を見開く。

「ぐぅぅ……いねぇよ!見えねぇよ!てか、なんで、ゆかりんは見えるんだよ!?」

「いや、逆になんでクロカさんは見えないんですか!?めっちゃいるじゃないですか!」

 オバケはクロカのまわりを、これでもかと動き回っている。

「オバケを見るには、ある程度の妖力をもっている必要があるんだけど、クロカはそのある程度以下ってこと。昔からクロカはこうだから、気にしなくていいわよ」

 だから、生きてて今までオバケを見たことがないって言ってたのか。

「ゆかりって、霊感とかある?」

「いや、多分ないと思いますけど……」

「じゃあ、環境の影響かな。人間は影響を受けやすいらしいし」

 ということは……クロカは私よりも妖力が低いの?妖怪なのに???

「なんだよぉ、文句あんのかよぉ」

 つい、あわれみの目で見てしまったからか、クロカにからまれてしまった。

「なんにしても、オバケなんて、なにするかわからないんだから、さっさと追い出しましょう」

 シロハはそう言って、オバケの首をつかむ。

「は、離せぇ!」

 オバケはシロハの腕をはがそうとするが、シロハはピクリとも動かない。

「……え?いや、シロハさんのこと言ってましたよ?知り合いじゃないんですか?」

 首をつかまれたオバケは、ジタバタ暴れながら話す。

「ここに住んでて、シロハの名前を知らないヤツなんていないわよ!…もう!妖術だけじゃなくて、ムダに力もあるんだから―――あぁ!強くにぎらないで!ごめんなさい!本当になにもしないからぁ!」

 ふいにシロハは手をパッと離すと、オバケは「ぎゃん!」と言いながら床に落ちた。

「……色々聞きたいことがあるんですが、シロハさんって、有名人なんですか?」

 クロカはボーッと私たちの会話を聞いていたが、我に返ったかのようにハッとして、私の方を向く。

「……あぁ!シロハはあやかしの山でも名が知れてる、超有名!最強!妖怪だから、そのオバケ?も知ってておかしくないよ。なんせ、一日で集落を―――」

「ちょっ!それ黒歴史!やめてよ!」

 シロハがあわててクロカの口をふさぐと、オバケはスキをついて、私の後ろに隠れる。

「アタシ、無害なおばけだよ~!人間もなんとか言ってよー!」

「じゃあまず、人間呼びやめてくださいよ。私、ゆかりです。シロハさんも、あんまりいじめないであげてください。多分悪い人ではないでしょうし……」

 シロハは深いため息をついた。

「こんな立てつづけに、めんどうごとが増えるなんて……」

 この状況をあきらめたのか、フラフラと部屋の奥へ戻っていく。

「……意外と大変なのね、アイツ」

「あの人は、ずっと大変ですよ」

 そういえば、と思ってクロカの方を見ると、不満気な表情で床に転がっていた。

「ハブるな!そもそも!そのオバケとやらは、何者なんだよ!」

 言われてみれば、私はこのオバケのことを、ほとんど知らない。

「オバケって、名前とかあるんですか?」

「アタシ、元々人間だから、そのときの名前はハイラちゃん」

 言われてみれば人間が死んで、さまよっているのがオバケだから、妖怪よりも人間に近い存在なのか。

「生前はハイラという名前だったそうです」

 私はクロカに伝える。

「ふーん」

 うーん、聞いてきたにしては興味が無さそう。

 ハイラの方に視線をやると、家中をキョロキョロ見わたしていた。

「どうかしましたか?」

「……いや、この絵って、誰が描いてるのかなぁって」

「もしかして…!興味あります!?」

 興奮しすぎて、つい、前のめりになってしまった。

「えっ、いや、絵なんて人間のころぶりに見たなって思って……」

 ……この人なら、もしかしたら、絵を買ってくれるかもしれない。

 気づいたら、口が勝手に動いていた。

「絵、買いませんか?」

「は?」

 オバケは口をあんぐりとあける。

「は?」

 奇しくもクロカも同じような表情で、同じようなことを言っていた。

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