第2話 カラスの友だち

 真っ暗な穴をぬけると、さっきまでいた場所とは、比べものにならないほど、美しい山が目の前に広がっていた。

 すんだ空気の中に、たくさんの花の甘い香りがただよっている。

 こんなキレイな場所、見たことない…!

「ここは…?」

「ここはあやかしの山。日本全国の山につながってるんだけど、妖怪の力でしか立ち入れないから、現代の人間で妖怪を見たことあるやつは、かなーり少ないんじゃないかな」

 妖怪の力っていうと、さっきの壁に穴をあけたやつのことか。

 ……それしても、キレイな場所だなぁ。

「……早く進んでくれませんかー?もうすぐそこだからさぁ」

 景色にみとれていて、うっかり肩にいるクロカのことを忘れかけていた。

「すみません、行きますね」

「ゆかりん、私のこと忘れてたでしょ」

「……」

「忘れてたんでしょ!ねぇ!?」


* * *


 少し進むと、小さな小屋が見えてきた。

「あれが、私の家ね」

 小屋は木製の2階建てで、ここからでも、絵の具のにおいがする。

「さぁ!入った、入った!」

 クロカに背中をポンっと押されて、そのいきおいのまま、小屋のドアをあける。

「……すごい」

 木の壁には、クロカが描いたであろう絵が、そこら中にかざられていた。

 山の景色の絵から、人の絵、変な生き物の絵は妖怪なのかな。

 どれも、とてもステキな絵だ。

「そうだろう、そうだろう!」

 クロカは嬉しそうにニヤついている。

「……あっ、そうだ」

 クロカはなにかを確認するように、キョロキョロと部屋中をみわたした。

「まだ帰ってないっぽいか。よし、セーフ」

「なんの話ですか?」

 誰かといっしょに住んでいるのかな?

「あぁ、友だちがそろそろ帰ってくる時間なんだけど、そいつがきびしくてさぁ。いつもスキをねらって外に出てるんだよ」

「スキをねらうって……友だちに外出禁止とでも言われてるんですか?」

「うん、そうだよ」

 そうだよ!?!?

「妖怪って話が通じるヤツと、通じないヤツの2パターンがいて、話が通じない方の妖怪って、おそってくるんだよ。で、私は飛べないから逃げられないし、力も弱いからたおされちゃう。でも、外には出たいわけでさ。それでコソコソと、外に出てるってことよ」

 もしかして、あやかしの山ってヤバいところなんじゃ……ってアレ?

「さっきまで私たち、あやかしの山をウロチョロしてましたけど、なんでおそわれなかったんですか?」

「ぐうぜん」

 ぐうぜん!?!?

「そうそう、こんなところで生き残るには、やっぱり対策が必要なんで―――」

 クロカが話しているところで、うしろのドアがひらかれる。


「帰ったわよ。今日は――?」


 入ってきたのは、白髪の長髪に、キツネ耳とフサフサのしっぽを生やした、物語から出てきたような女性だった。

「……誰?」

 キツネ耳の女性は、私とクロカを交互に見合って、首をかしげる。

「人間」

 そんなあけすけな。

「……人間?」

 キツネ耳の女性は、私の方を向いてたずねる。

「は、はい」

 ここでウソをついても、意味はないだろう。

「はぁ……」

 あれ、意外と反応がうすい。

「なにかやらかす頃だとは思っていたけど、まさか、人間の!子どもを!つれこむなんて……」

 キツネ耳の女性は頭をかかえる。

「えっと、この方は?」

「友だちのシロハってやつ。妖狐っていう種族の妖怪」

 シロハは私の目の前でしゃがんで、私に視線を合わせてくれた。

「なんかひどいことされた?無理やりここにつれてこられたとか」

 クロカへの信頼がなさすぎる。

「そ、そんなことないですよ。私が来たくて来たんです」

 シロハはクロカをにらみつけた。

「いや、人間に頼まれても、つれてきちゃダメなんだけど」

 クロカはあせりながら、腕をバタバタと動かす。

「別にいいだろぉ!…ってか、そうだ!シロハ!私、右足怪我したの!治して!ほら!」

 話題をそらそうと、クロカは怪我をした足を、シロハに見せつけた。

「……はい」

 かなり不服そうな表情で、シロハはクロカの足にふれる。

 あれ?ホータイとか、シップとか、それらしいものが見当たらない。

「何をして―――」

 シロハは、小声でなにかをブツブツとなえると、手が緑色にキラキラと光る。

 同時にクロカの足の赤い腫れが、どんどんひいていった。

「……なんですかこれ!?魔法みたい…!」

「魔法じゃなくて、妖術なんだけどね。これは基本も基本だけど」

 ……ん?基本も基本なら、クロカが自分で治せばいいんじゃ―――

「自分で治せって思うだろ?これが私は、ほとんど妖術を使えない!基本の基本もな!」

 心を読まれた上に、自慢することでもないことを自慢気に語ってきた。

「まぁ、この通り!私はほとんど妖術をつかえないから、私のボディガード担当が、このシロハってこと!」

 シロハはじーっと、クロカを見つめる。

「この子、どうする気なのよ?」

「んー?絵を描かせる。弟子だな、弟子!初弟子だ!」

「初弟子が人間って、なに考えてんのよ!?」

 シロハはクロカの肩をつかんで、ユサユサとゆらす。

「うるさいなぁ。ちゃんと時間になったら帰すし、お世話もするから!」

 知らない間に弟子にされたし、ペットみたいにあつかわれてるんですけど!?

「……ハァ、なにがあっても、知らないからね」

 シロハはため息をつくと、台所らしきところに入っていった。

「あの、弟子ってどういう―――」

「ひゃっほう!初弟子!さっそく、2階に行こう!そこがアトリエになってるから!」

 足が治ったからか、よけいにやかましさが増しているような……。

 クロカはトコトコと、けいかいな足取りで階段をのぼっていった。



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