絵描きのあやかし
作作
第1話 描けない私と飛べないカラス
「ゆかりちゃんの夢って、なぁに?」
「……へ?」
いつも通りの放課後。
教室のすみっこで絵を描いていたら、クラスメイトの中でもひとりだけ、話せる友だちが近づいてきた。
「ゆかりちゃんって、いつも絵を描いてるでしょ?やっぱり、絵描きさんになりたいのかなって思って」
そういえば、さっきの授業で将来の夢の話をしていたような……。
正直、絵のこと以外は興味がなくて、先生の話なんてほとんど聞いていない。
「うーん、こんな絵じゃ、絵描きになんてなれないよ。なれるんだったらなりたいけど……」
6年生になったばかりだけど、現実を見れる年にはなった。
プロの人と比べて下手なのは当然だけど、同学年にも、年下にまで画力が負けてる。
花の絵ばかり描いてるし、みんなに『変な絵』って言われるし……。
「えー?上手だと思うけどなぁ」
みんなそう言うんだよ。
でも、それだけじゃ、足りない。
私は、みんなが遊んでる間も、おしゃべりしてる間も、ぜんぶ絵を描いてきた。
それでも、他の子の方が上手だった。
ホント、イヤになる。
「ありがとう」
何度もこの思いを飲みこんで、何度もこの返事をしてきた。
毎日、似たような会話をして、ひとりの世界に入るだけ。
それだけなのに。
「……あれ?」
鉛筆をにぎる手が止まる。
今まで、描きたいものがなくなることはなかったのに。
なんで描けないの?
何度も紙に線を引いても、大好きな絵にならない。
緊張で手がふるえて、さらに線がブレる。
「大丈夫?」
さっきので話が終わったと思っていたけど、彼女は私の様子に気づいて、戻ってきていたみたいだ。
「大丈夫だよ、なんでもない」
私はランドセルをせおって、早歩きで下校した。
早く、
早く、
早く、
「描かなきゃ」
自分にしか聞こえないような声で、自然と口が動いた。
* * *
こういうのは初めてじゃない。
納得のできる絵が描けなくなったり、描きたいものにならなかったり。
描きたいものがなくなるのは……初めてだけど。
でも、対策は知ってる。
一番よかったのは描く環境を変えること。
昔からよく来ていた、家の近くにある小さな山。
キレイな花がたくさん咲いていて、ずっと絵を描いていたくなるし、描けなくなったときは、いつだってここで立ち直ってきた。
私は大きな木を背もたれに、画材とスケッチブックを広げる。
色とりどりの花と静かな風。
ここは何も変わってない……はずなのに。
「これじゃない……」
あせればあせるだけ、思い通りに動かなくなって、描けば描くほど、描きたい絵から、自分の心から、離れていく。
私は描き途中の絵をスケッチブックから切り離して、ぐしゃぐしゃに丸めた。
「次は、次こそは……!」
なんだかイライラして、丸めた絵を思いきり投げ捨てる。
絵はコロコロと転がって、近くの木にぶつかってから、止まった。
……あのまま、放置はよくないよね。
冷静になって、ひろいに行こうと立ち上がる。
すると突然、後ろから強風が吹き荒れて、不自然に私の絵が舞い上がった。
「え?」
ふりかえると、そこには大きな黒い翼を広げた―――人?
「絵、描いてるの?人間さん」
びっくりしすぎて動けないでいると、女性がにこやかに話し始める。
「ごめん、ごめん!おどろかせちゃった?どうしても気になっちゃってね。私、烏天狗のクロカ!よろしく!」
黒髪の、ボーイッシュな短髪。
コスプレみたいな、和っぽい服装。
……そして、背中に生えてる、まっくろの翼。
烏天狗…?って、あの妖怪の烏天狗?どういうこと?
私の頭がハテナで埋めつくされている中、クロカは私のとなりに腰をかける。
「私も絵を描くんだ~。それでフシギに思ってさ」
クロカは私の顔をのぞきこむ。
「なんで、そんなに苦しそうに描いてるの?」
……そんなに表情に出てたのかな。
「まぁ、いいや!君に頼みたいことがあってね」
そう言って、クロカは右足を私に見せる。
「さっき、そこらへんの石につまずいたら、歩けなくなっちゃってさ、ここから少し奥の私の家まで肩をかしてほしくて」
見せられたクロカの右足は赤く腫れていて、山道を歩くことは難しそうだ。
いや、でも―――
「烏天狗…?なんですよね。その翼で飛ぶことはできないんですか?」
大きな翼があるのに、歩いて移動するのは違和感しかない。
いや、飛ばれたら、飛ばれたで、違和感しかないのだけど。
さっきからずっと、パタパタ動いているし、動かせないわけじゃなさそう。
「……私、実は飛べないんだよね。落ちこぼれってやつ」
クロカは冗談っぽく頬をかきながら、タハハと笑ってみせた。
「……じゃあ、私も描けないので、同じですね」
つい、グチをボヤいてしまった。
クロカは困ったような顔でほほえむ。
「絵、描くのキライ?」
私は必死に首を横にふる。
「そんなわけないです。何年もずっと絵だけを描いてきました。……でも、最近わからなくて」
クロカはうん、とあいづちをうつ。
「私だけが自分の絵を大好きだったら、それでよかったのに、人からの評価を気にし始めて、ちょっと前には『変な絵』だって言われて、段々、自分の絵が気に入らなくなっていって……」
気づいたら、目に涙がたまっていた。
クロカは私の頭を優しくなでる。
「私が、変われる方法、教えてやろうか?」
変われる方法…?
よくわからない自称妖怪なんて、不審者以外の何者でもないだろう。
大人にバレたら怒られちゃうだろうし、もしかしたら食べられちゃうかも…?
でも。
本当はそんなこと、どうでもよくて。
「……はいっ!」
変わりたい。
描きたい。
きっと、何度なやんだって、答えは同じだ。
「よし!じゃあ決まりだね」
クロカはパァっと笑顔になって、私の肩に腕をのせる。
「それじゃ!さっそく行こう!」
クロカは「あっち!」と言って、奥の大きな道を指さした。
パッタパッタと、クロカの翼が元気よく羽ばたく。
私は言われるがままに、クロカを支えながら山道を進んでいった。
* * *
「……そうだ!まだ君の名前を聞いてないな」
少し進んだ先でクロカが話しだす。
「えっと、ゆかりって言います」
「ゆかりんね、年は?」
変なあだ名をつけられたことは、いったんスルーしておこう。
「12です」
「えっ!?小学生?最近の人間の子どもは、大人びてるんだねぇ」
なんだか、近所のおばちゃんと話してるみたい。
「あっ、ここでストップ」
「え?」
目の前には岩壁がそびえ立っていて、それ以外は、なにもない。
「ゆかりん、もうちょい近づいて」
「目の前、壁ですよ…?」
「いいから」
食い気味に返事をされたので、とりあえず一歩進む。
「ほい」
クロカが岩壁にふれると、たちまち、壁はぐにゃりと曲がり、真っ暗で大きな穴があいた。
「……えっっ!?」
「怖がんなくて大丈夫だよ~。マジ大丈夫!」
そういえば、となりにいた人、妖怪だった!?
「レッツごー!」
「いやっ、ちょっと!?まってください!」
私の声は聞こえなかったのか、聞かなかったことにされたのか、私たちは真っ暗な穴に飛びこんだ。
「きっと、絵が、君の言葉になってくれる」
意識があいまいな中、遠くからクロカの声が聞こえた。
……ような気がした。
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