第12話 冬に寄り添う夕暮れ時
人間が死後、妖になることはそれほど珍しくはない。
この世に未練を残した者、強い恨みを持った者など。
それらの者が死ねばその魂が辺りに漂う妖力と混ざり合い、妖と化す。
こうして生まれた妖は“
◇
「アレは主人の母“だったモノ”です」
「怨妖、か……」
やまもとは家の前に佇む妖の方を見ていた。
「しかし、何故このような奇妙な現象を引き起こしている。迷惑こそあるものの危害は一切加えていない。怨妖の仕業とあれば死人の一人は出ていてもいいくらいだ」
「……きっと、何か目的があるはず。私たちはそれを知らなくちゃならない」
流れる風が夕子の黒い髪を僅かに揺らした。
妖の方を見たまま尋ねる。
「あの方は生前、どう生きて、どのような最期を迎えたのでしょうか?」
女性は視線を空にやり、
「確か……義母はあの家で、幼い頃の主人と二人で住んでいたはず。義父は主人が生まれる前に戦で死んだとか。それでも二人で仲良く暮らしてたらしいんだけど――」
そこで女性は口に手を当て、言葉を詰まらせる。
何かを必死に堪えるように。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさいね。……主人と暮らしてた義母は――ある日突然失踪してしまったのよ」
「失踪……でも、どうして?」
「それがわからないのよ、主人も突然のことだったって言うし。数十年ぶりに帰って来たと思ったらあんな感じになっててねぇ」
そう言うと、細めた目で妖の方を見ていた。
夕子は目を閉じ息を吐く。
「――紐解きましょう、空白の過去を」
すると妖の方へと歩き始める。
その目はただ一つを見据えていた。
「ちょっと!近づけないんじゃありませんの?」
女性から声が飛んで来るが夕子は足を止めない。
それどころか全身が茜色の妖力に包まれていく。
「私の妖術は“寄り添う妖術”です。悪意無き悪に寄り添い――祓う」
やがて妖に近づくにつれてもくもくとした物が夕子へと襲い掛かる。
これまでにも数回見た帰す霧だ。
あっという間に視界を塞ぎ、世界を覆い隠す。
“帰される道”や先程の小石のように元の位置へ帰されるかと思われた。
しかし、その霧に対し夕子の妖力が寄り添い、溶け合い――
――突破する。
茜色に染まった霧は徐々に晴れていき世界が戻る。
夕子の目の前にはあの妖が。
肌が剥がれ落ち、ボロボロの着物を着た姿。
近づいて改めて観察した彼女は息を呑む。
なぜなら……
目は潰れ、頬には涙の跡が
「――帰りました……帰りました……ただいま帰りました……」
近くに迫っても尚、同じ台詞を呟き続けるその姿にはどこか哀愁のようなものが漂っていた。
夕焼けを纏う彼女はそっと近づき優しく妖を抱きしめる。
光は妖を包み込み、やがて――
――共鳴する。
瞬間、閉ざされた過去が、暗く淀んだ過去が夕子の脳内へと流れ込んでくる。
◇
――これは今から数十年前のお話。
とある町外れの家に仲良く暮らす二人の親子がいた。
母の名はお冬。
息子の名は氷介。
やんちゃでいたずらっ子だが母親想いの優しい子供である。
戦で夫を亡くしてからというもの、お冬は女手一つで氷介を育てていた。
そんなある日のこと。
「ただいま!」
お冬が縫い物をしていると玄関から元気な声が聞こえてくる。
氷介が寺子屋から帰って来たのだ。
知らぬ間に昼を過ぎていたようだ。
ドタドタと廊下を走る音が聞こえた後、部屋の入り口からひょこっと顔を出す。
元気に帰って来た我が子へと笑顔を向ける。
「おかえり――あら?」
氷介の背後からもう一人、女の子がちょこんと顔を覗かせる。
「こんにちは!」
それは氷介の幼馴染の小春であった。
「いらっしゃい小春ちゃん」
相変わらず仲良くしているようで心が温かくなる。
二人を微笑ましい気持ちで見ていると、氷介が声を張り上げる。
「今日の晩ごはん何!?」
「氷介の好物!」
氷介はうんうん唸った後、パッと明るい顔を浮かべる。
「……鮎の塩焼きだ!!」
「正解!」
「よっしゃあ!!じゃあ俺ら遊びに行ってくるから!行こうぜ小春!」
すると彼はすぐさま走り去って行ってしまった。
まったく落ち着きのない子である。
「あ、待ってよ氷ちゃん!」
置いて行かれまいと小春も走って行く。
こちらは氷介とは違いおしとやかな子だ。
彼女はよく家に遊ぶに来る女の子。
笑顔が愛らしい女の子。
愛想のいい女の子。
そして――
――蓮模様の羽織を身につけている女の子。
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