第11話 だったモノ

 そんなこんなで夕子とやまもとは“帰される道”の解決に取り組みだす。


「どうしようか、やまもと。まずは聞き込みから――」


 ふと隣にいたやまもとを見ると足を曲げたり伸ばしたり、準備運動をしていた。


「……何やってるの?」


「もう一度あの道を通ってみる。気になることがあったのでな」


 今度は腕を伸ばし始めた。

 骨の鳴る音が聞こえる。


「その準備運動は何なの?」


 夕子がそう問うとやまもとは笑みを浮かべて答える。


「――全力疾走だ」


 言い終わるが早いか、目の前から一瞬にして彼の姿が消えてしまった。

 夕子をよろけさせる風を残して。


 それから少しして、一部の空間が歪みやまもとが帰って来る。

 息は上がっておらず、軽い運動でもしてきたかのようであった。


「おかえり」


「やはりダメか……しかし――」


 そう言うと彼は、道の脇にある茂みの方を見る。


「お嬢よ、私が帰される直前に向こうの方で妖力の歪みを感じなかったか?」


「……感じたね、今回は外にいたからはっきりとわかったよ。つまりはこの現象を引き起こしている何者かが近くにいる……のかな?」


「ああ、間違いないだろう。たちの悪い妖術師か、あるいは妖か」


「それじゃあ行ってみようか、妖力を感じた場所に」


 そうして二人は茂みを越えて林の中へと入って行く。


 ◇


 夕子の腰ほどまで伸びた草をかき分けかき分け、ようやく現れたのは小さな木造の家。

 しかし家と言っても屋根は崩れ落ち、壁は剥がれて床は抜け、雑草の住処となっていた。

 周りは木々に囲まれ薄暗い。

 妖しい風に揺られる葉の音に夕子は息を吞む。


「こんな町外れに家があるなんて……それにしてもお化けが出そうだね」


「出るなら妖だ」


 もう随分と放置されたような薄気味悪い家に近づいていく。

 やまもとを盾にして。


 崩れかけの門をくぐったところで二人はとある存在に気付く。

 肌が剥がれ落ち、ボロボロの着物を着た女。

 それは家の扉の前に杖をついて佇みぼそぼそと何かを呟いていた。

 夕子は耳を澄ましてみる。

 すると聞こえてきたのは――


「――帰りました……帰りました……ただいま帰りました……」


 不気味に響くしわがれた声。


「人間……では無さそうだね」


「妖だな。どれ、一つ試してみるか」


 そう言うとやまもとは小石を拾い上げると妖の方へと投げつけた。

 そのまま妖の体に当たるかのように思われたが……

 あと1メートルほどの所で小石はもやとなって消えてしまった。

 そして――


「……痛ッ!」


 夕子の頭上の空間が少し歪んだかと思うと小石が現れ脳天に直撃する。

 それを見たやまもとは静かに呟く。


「“帰す妖術”といったところか。あの道の奇妙な現象も彼奴あやつが引き起こしているに違いないだろう」


「何で私の頭に……」


 夕子は頭をさすりつつ妖をじっと観察する。


「あの妖を祓えば“帰される道”事件は解決できる……」


「しかしさっきも見た通り近づくのは難しいぞ」


 二人は同じタイミングで、夕子の頭から転げ落ちた小石に視線を注いだ。


「やまもとなら何とかして近づけるんじゃないの?」


「出来ないことも無いが――」


 そう言うとやまもとは周りを見渡す。

 そして顎をさすりながら何かを確信したように言葉を放つ。


「ここら一帯が更地になるぞ」


「何する気よ……ダメだからね?」


 どうしようかと夕子が頭を悩ませていると、背後から猫の鳴き声が聞こえてくる。

 振り返るとそこには、白い着物を着た女性が立っていた。

 髪にはうっすらと白髪が混じっているもののどこか若々しさを感じる。


 そして女性の手には、尻尾の先だけが黒い特徴的な毛並みをした白猫が抱えられていた。


「あら、こんなところに人が来るだなんて珍しい」


 その女性は目を丸くしてそう言った。

 咄嗟に夕子は自己紹介をする。


「初めまして、私たちは妖祓いの旅をしている者です」


「妖祓い……ああ!あなた方がお弟子さんね?」


「……弟子?」


 夕子が眉をひそめて尋ね返す。


「あなたたちのお師匠さんに依頼したのは私なのよ。ほら、あの笠を被った男の方よ!名前は何て言ったかしら?」


 するとやまもとは少し不機嫌そうに口を開く。


「弟子入りした覚えは無いがな」


「冗談はよしてよ。さっきそこですれ違ったんだけど、『僕の優秀な弟子二人が依頼を完遂かんすいしますのでお任せください』と言って報酬の先払いを要求してきたんですから」


 そこで夕子はひそひそとやまもとに話しかける。


「ねえ、私たち笠のおじさんに利用されてない?」


「……まんまとやられたな」


 女性は扇子を開くと扇ぎ始めた。

 その手には日除けのためか白い手袋がはめられている。


「報酬はもうお支払いしているのでどうかお願いいたします。近隣の方々も迷惑しているんですから」


 そう言って妖の方をちらと見る。

 その目には何やら複雑な感情が浮かんでいるように見えた。


「祓いたいのはやまやまなんですけど、あの妖がどういった存在なのかもいまいちわかっていなくて……何より近づくことすらできないんですよね……」


 夕子がそう言うと、女性は溜息を吐いてから話し出す。


「――アレは……主人の母なんです」


 一瞬だけ、風が止んだような気がした。

 あれだけ騒がしかった葉の声が、ひどく遠くに聞こえる。


「ご主人の、お母様?」


 夕子の声が無音の中を静かに歩く。

 しばしの静寂の後、葉は戯れを再開する。


「ああ、訂正いたしますわ。アレは主人の母です」

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