境界線
舟筏
ことのおこり
四月四日四時四分、当時四歳だったぼくは死んだ。
交通事故…。
飛び出して、自動車にぶつかったぼくは心肺停止、脳波停止、医学で認められた
死亡条件をすべて満たした。
本来なら、ここですべては終わった、終わらなければならなかったかもしれない。
その時僕は真っ暗な、音もない、右も左もない、上も下もない、前も後もないところ
にいた。やがて銀色の、雷のようにギザギザした線がみえた…気がする。
次の瞬間、辺りの景観は一変した。見慣れた町を空から見下ろしている。僕は幼くて
空を飛んでいると思うことなく、ただふわふわしていた、そう記憶している。
次に見えたのは、白いベッドに寝ているぼく自身だった。
幼くてもこれには驚いた。どうして?ちょっと怖くなったかならないかのうちに、
僕は自分自身に、強い力で吸い寄せられた。ぶつかる!また真っ暗になった。
そしてまた明るくなる。ぼくは目を開けたらしい。しばらくは何もわからなかった
けど、いる場所が家じゃないことはわかった。
「先生、先生!」
せんせい?しばらくすると白衣を着たおじさん、後でわかったけどお医者さんが
飛び込んできた。
「奇跡だ!」
そう、確かに珍奇な事だったろう。確実に死んだはずの子供が息を吹き返したの
だから。
「お前は本当に危なかったんだよ、手続きがもう一歩早かったらどうなっていたか」
ぼくが成人するまで、母はことあるごとにこの話題を持ち出した。ぼくが生き返っ
たのは死亡診断書に同意するのをためらっていたときだったらしい。
なんだか「お母さんが助けてあげたのよ」と言ってるみたいで、そのころから
おかしくて忍び笑いしていた。
ぼくは死んで生き返ったんだ
年齢が上がるにつれて、その時に起こったことを理解できるようになった。
臨死体験談ってまれに聞く。花園のむこうで祖先が手招きしていた話もあれば、
三途の川を見てきたとか、光を見たとかいろいろある。
でも四歳のぼくはまだ人の死に直面したことはなく、あの世の予備知識なんて全く
なかった。だからひたすら真っ暗だったのかもしれない。臨死の光景はけっこう
記憶に左右されるのかもしれなかった。だとしたら、飾りのないそのままの死後の
世界を見たのはぼくだけじゃないか?そう考えていたこともあったっけ。
「おーい、ゾンビ」
臨死体験を話したのはいとこで幼いころからの友達でもある、ヨウイチだけだ。
両親に話してばかにされた臨死体験も、ヨウイチは
「おもしろ、すごいなおまえ!」
と言って信じてくれる。あだ名は「ヘビ様」、動物顔診断で蛇顔だったから。
そして、ヘビ様はぼくのことをからかうときだけゾンビと呼ぶ。
「ゾンビって、お前な。少なくともぼくは今生きてると思うぞ」
「でもいっぺん死んだんだよな。まあ、それはこっちに置いといて」
「置いとくならはじめから言うな!」
いつもこんなやり取りだが、仲はいい。
「で、今日はいいん?」
「なにが?」
「体調体調。おまえ小さいころからひ弱だったろ」
いとこだし、その後同じ学校に通ったこともあって、生き返って以来ヨウイチは
ぼくの健康面でのお目付け役だった。時々発作を起こしてあちこちで倒れるぼくの
面倒を見てくれていた。失神から目を覚ますと、いつもヨウイチが視界にいてくれる
ので、発作をおこしたあとでも安心できた。
そんなヨウイチとも卒業を機会に別れ別れになった。ぼくにとって心配なのはいつも
そばでぼくの体調をきづかってくれた存在がいなくなったことだ。
いやなことに、ぼくの発作は医者が診ても原因がわからない。体の中に爆弾をかかえて生きているようなもので、スポーツもアルバイトも禁止。だからぼくは社交的に
なれず友だちがいない。ヨウイチがうらやましいし、なつかしくもある。
そんな一人暮らしのある日、それは起こった。
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