けなげな王子は嫉妬して欲しい
春野 セイ
第1話 宏人の距離感とは
「風のたよりやけどな」
「距離感が異常って、どうゆうこと?」
鉄板の上で焼けたばかりのお好み焼きを見ていた
すると、隣に座っていた恋人の宏人が、自分の皿にお好み焼きを取り分ける。
「祥太、焼けてるよ」
「サンキュ」
「口開けて」
「あー」
祥太が口を開けると、隣にいながらも宏人が器用に食べさせてくれる。
口の中で熱いお好みソースが、かりっと焼けた豚肉とシャキシャキしたキャベツの甘い味と絡まり、幸せを感じる。
「これ、んまい……」
もぐもぐしてごくんと飲み込んだ。
3月の始めに短く切った祥太の髪の毛はだいぶ伸びて、目にかかるくらいにはなった。
中学の頃は、そこらの女子より可愛いと注目されていた祥太も今や19歳。
身長も176センチとまた伸びて、二重の瞳はぱっちりして、男の割にふっくら厚みのある唇は淡いピンク色をしている。
相変わらず可愛いと言われそうな外見だが、本人は外見を意識したことがない。
竜之介は、ふうっとため息をついた。
「言ったそばから……。二人がイチャコラしとんは知っとるけど……。宏人、今のおかしいやろ」
「風のたよりってどこから聞いたの?」
宏人が、竜之介の質問には答えずに尋ねる。
一方こちらも、祥太に負けず美形で彫の深い顔立ちをしている。顔全体のバランスがよく、整った鼻筋、薄い唇と少しまなじりが垂れているが、それが祥太限定で甘い表情になる。
祥太は、宏人が頼んだチーズ入りのお好み焼きを一口大にヘラで切り込みを入れお皿に移した。
宏人が、祥太の肩につくくらい体を寄せる。
「祥太、それ僕のだよね」
「ああ」
祥太は頷くと、宏人のために箸でとって、少し冷ましてから食べさせてやる。宏人がもぐもぐと口を動かして飲み込む。
「このチーズのお好み焼き美味しい」
宏人が満足そうに笑うと、祥太も嬉しそうにニコッと笑った。
「あのな……」
竜之介がテーブルに肘をついて顔を押さえた。
「もう嫌や。祥太だけをメシに誘ったのに、なんで宏人がいるんだよ」
「宏人は、俺が竜之介と二人きりで会うのが嫌なんだって」
「嫌って……。そんなん、昔から宏人はそう言いよるやんか」
「竜ちゃん、何言ってるんだよ。竜ちゃんと祥太を二人きりになんて、させるわけないだろ?」
宏人が口を挟むと竜之介がムッとした。
「その思考はおかしい。俺は中学からの友だちや。あああ、ゴールデンウイークに祥太と観たい映画があったのに」
「僕も行く」
「いや。嫌や。俺は祥太と二人で観たい。こんな二人のイチャコラなんか見たくない」
「いちゃいちゃなんてしてないし……」
祥太が反論する。
「これが普通なんか? おかしいわ。やけん、距離感が異常って言うたんや」
祥太は普通に接しているつもりなのだが、違うのだろうか。
ああでも、宏人のチーズ入りお好み焼きは美味しそうだ。
「宏人のもやっぱりおいしそうだな」
「祥太、なら、俺のも食べるか?」
竜之介のお好み焼きは、海鮮お好み焼きで、イカ、エビが入っている。
「竜之介のもおいしそうだけど、宏人のをもらうからいいや」
さらりと断ると、竜之介が呆然とした。
「俺の祥太が別次元の世界へ行ってしもた……。宏人め……」
「竜ちゃん、顔が怖い」
宏人と祥太が一緒に暮らし始めて、もうすぐ一か月になる。
だいぶ慣れて来て部屋の中も物が増えた。今の祥太にとって、宏人がいないと落ち着かない状態で、たぶん、宏人もそうだと思う。
久しぶりに、竜之介がお好み焼きを食べに行こうと誘ってくれた。当然、宏人に言わないはずがない。それを伝えると一緒に行くと言ってついて来た。宏人のアルバイトはちょうど休みの日だった。
「最近、映画も値段が高くなってきたよな。ゴールデンウイークか……。でも、バーは関係ないか」
祥太の勤めているカクテルBER星空には、ゴールデンウイークなど関係なく休みはない。すると、宏人が気づいて言った。
「祥太、どこか行きたいところある? 大学は休みだし、せっかくだから日帰りで旅行に行かない?」
「あ、なら、俺、免許取って新車も買うたから、三人で行くか」
止めておけばいいのに、竜之介がそんなことを言いだした。
「え? いいのか?」
祥太が目を輝かせた。宏人がすかさず食いつく。
「僕も行きたい」
「宏人はイチャイチャ厳禁でな!」
「竜之介がいるのに、そんなことしないよ俺たち」
「うん」
「宏人のうん、は信用できん!」
竜之介がきつくにらむ。宏人は不満そうだったが、口を尖らせた。
「分かった……。できるだけ祥太には抱きつかないように我慢する。だから、三人でどっか行こう」
「約束やで」
言い出した竜之介は、宏人に約束させる。
場所と宿は俺が探しておくから、と竜之介が言ったが、今から探して見つかるだろうか、とちょっとだけ祥太は思った。
でも、旅行か。
考えただけで、わくわくした。
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