掃き溜めにおっさん(1)
俺の住む街は、割とうるさい。
ごみごみしているというか、狭い。実家の近くもだいたいそんな感じだったけど、便利さとかを求めるとだいたい人がいっぱいいる場所になるんだよな。駅の近くに住みたいし、帰りにふらっと寄れる場所にスーパーとか、飯屋とかあったら楽だし。
俺はでっかいビルの隙間を縫って歩く。
いちごみたいに真っ赤な顔の酔っ払いと肩組んだ大学生たちの楽しそうなんだか、苦しそうなんだかよくわからん群れにかち合う。
きついアルコールと、汗と脂肪の匂い。あとたぶん香水とか制汗剤とか色々混ざってきもい匂いになる。あとラーメン屋のお腹空く匂いと、焼肉屋の煙。駅から抜けて少しだけ歩くと、街灯の少ない真っ暗な通りに入る。遠くから、酔っぱらいどもの笑い声がこだまして、電車の走る音と混ざって変な動物の鳴き声みたいに聞こえる。
ぎゃぁおお、おおおん——
歩道橋の下で反響したそれが、俺の疲れた脳みそに突き刺さる。頭が痛かった。普段はあんまり気になんないのに、その日はなんだか細かいとこが気になる。酸っぱい匂いのせいかも。目と鼻の先、俺の住む部屋が見える。駅から徒歩七分、それなりに広くて駅からは割と近くて、そんでうるさい。うるさいから寂しくはない。
歩道橋、フェンス越しに走る電車、カラスよけの網が盛大に捲れたゴミ捨て場が目に入る。どうせ、いつもの夜にゴミを捨てていくじいさんの仕業だろう。朝、カラスにたかられてひどいことになるのがわかっていたから、仕方なしに俺は網をかけようと一歩進んだ。
んで、失敗する。
酸っぱい匂いがした。馬鹿でかいゴミ袋を枕にして、おっさんが寝ている。絵に描いたような酔っぱらいの、うす汚さなだった。服はなんか生ごみの汁吸ってすごい色になってるし、靴なんか片っぽない。所持品は何もないどころか、多分足りてなさそうだった。
俺は目の前のやばい景色に、掃き溜めにつる、という言葉を思い出す。幼馴染が教えてくれたことわざだった。つまんない場所に、綺麗なものがあるっていう喩えらしい。まあ今の状況に合ってるの『掃き溜め』の部分だけだけど。
おっさん(仮)は、死んでるのか生きてるのかわかんないくらい静かだった。さっき駅ですれ違った酔っぱらいたちの楽しそうな様子とは、正反対な感じだった。ゲロを吐いたのか、口の周りには乾いたなんか汚いもんがくっついてる。きたねえ、全体的に汚ねえ。
「おーい……」
俺はちょっと嫌だけど、おっさんのほっぺを指でつっついた。頬骨をグリっとやってみたけど起きる気配がない。おっさんは、俺より少し小さいくらいの大きさで、服の上からでもわかるくらい痩せ型だった。元は綺麗な青だっただろうシャツに、黒いスラックスを履いていた。たぶん、社会人っぽそうだし、やけ酒するようなタイプには見えなかった。まあ、見かけなんか一番当てになんないけど。俺の恋人だった女の子たちは、だいたい俺より小さくて弱そうだったけど、心臓はバキバキに固くて、火を吐くみたいに激しかった。(ああ言うのを苛烈というらしい。最近覚えた。覚えて使ってみたかった。)
おっさんの鼻をつねる、油でちょっとぬるっとしてキモかった。ふがっ、とおっさんが鳴いた。なんだこれ。どうしよ、見ないふりするにはおっさんで遊びすぎたかもしれない。ここで誰か通りかかったら、その人を巻き込んで最寄りの警察署まで運んでやろうと思ったのに、こういう時に限って誰もいない。俺ってついてないかもしれない。ほっといてもいいけど、なんかなあ。でも明日も仕事だしな、とかぼんやり考える。
「……ぅ、」
「あ、おっさん。起きた?」
「ぅっ……う、めぐちゃん……」
いや誰だよめぐちゃん。
仕方なく、俺はおっさんの身体を持ち上げる。おもっ、力入ってない人間の体、めちゃくちゃ重い。重いけど、まあ仕方ない。今日ダル着着てて良かった。じゃなきゃおっさんを見捨ててたと思う。
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