第3話 フォンテーヌ家2
夜は暗く、朝は明るい。
日の明かりで目が覚める。カーテンを閉め忘れた。ゆっくりと瞼を開ける。夢の内容をしっかりと覚えていた。
「…無事、目覚めたか。それにしても助けて、とは。この娘をか?私が…?」
鼻で笑ってしまう。死人に助けを求めるとは。
起きてから不思議な感覚が襲う。この娘の記憶がある。全てではないが、生活に支障のない程度の知識があった。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
ノックと同時に声がけされ、返事をすると侍女が入室する。身支度をされるのは前世でも慣れているが、このように乱暴にされたことはない。
「お前。」
「え?」
「なぜ冷たい水で身体を拭いたの?クシも頭皮からえぐるように立てたわね。それに、ご覧、ここに服の留め具で肌に傷ができたわ。」
目を見開き侍女がこちらを見た。まさか指摘されるとは思ってもいなかったのだろう。だがすぐに口元を歪ませながら反論してきた。
「…申し訳ございませんでした。でしたら、ヨランダ様がご自分でされては?」
ヨランダは手元にあったペーパーナイフを手に取り、侍女の襟元に差し込むと、刃を服に向け、一気に縦に引き裂いた。
「キャアァァァァーッ!」
侍女が叫び声をあげる。服が破けて下着姿が顕になり、侍女は胸を押さえながら蹲った。
「なにを…ッ!!?」
ペーパーナイフを侍女の首にヒタリと当てる。いつもと様子の違うヨランダに侍女は恐れたじろぐ。
「お前の仕事はなんだ?職務を放棄するのか?そのような者は解雇で良いな。」
下から睨見つけるとペーパーナイフを元の位置に放り投げた。
「出ていけ。」
侍女は慌てて部屋を出る。姿見に写る己を見た。色白で細く、顔は小さく可憐で長い髪は漆黒、艷やかでどう見ても以前の自分と同じである。この黒髪と黒目のせいでこの家の者たちから軽んじられているらしいが、オーティス家の現当主、つまり母の兄も黒と銀が混じった毛色らしく、まったく一族に居ないという訳ではないらしい。母親が特にこの髪を嫌っていて、纏めて小さく結うように指示されていた。
そのまま長い髪を垂らして食卓のある部屋に向かう。そこには家族と数名の執事、それと先ほどの侍女が泣きながら母親にすがっていた。こちらを皆冷ややかな視線で見てくる。
「どういことなの?メイドの服を急に切り裂いて追い出したそうじゃない?」
「お嬢様、申し訳ございません!もう乱暴に耐えられません!!」
侍女は土下座しながら悲痛に叫ぶ。中々の演技派である。記憶によればこの侍女には何年も雑に扱われ、時には全裸で納戸に閉じ込められたこともあったようだ。それを兄弟は気づいていたが黙認していた。恐らく、母親が指示していたのだろう。
「お前は昨日はあの王太孫に見切られ、その腹いせにメイドをいたぶったというのか?由緒正しいこの公爵家の一員と言えぬ振る舞いをしおって。だから婚約破棄など惨めな目にあうのだ!!」
「貴方、少し、教育し直したほうがよろしいのでは?」
激昂するする父親にクスリと笑う母親。何も言わぬ兄弟。ヨランダなら、どうしただろう?と淀は思った。おそらく、泣いて許しを請うただろう。だが、私は淀だ。高貴な武家の娘、天下の母。この様な戯言に付き合う義理はない。侍女を指差し、腹から声をだす。
「お前をッ!!許さぬ!!!侍女ごときが何度もヨランダをいたぶり陰湿な嫌がらせを繰り返していた!お前ごときの身分でそれが許されると思うな!家長が裁けないなら私が裁いてやる!」
父親も母親もだが、無関心そうな兄弟達も驚きヨランダを見た。一番驚いていたのは父親のようで、侍女の行いを知らなかったのだろう、侍女にも目をくれる。その様子に気づき、母親は慌てて訂正した。
「なっ!なんてことを…!お前が出来が悪いから教育してくれたこのメイドに、感謝こそすれ怒鳴りつけるなんて!」
「教育?笑わせる。吐いて捨てるような身分の侍女に教わることなどなにもないわ。みっともなく誰に縋りつこうとも、騙そうとも、私はお前を許さない。この手で、されたことと同じことをやり返してやる!!…それをよこせ。」
「貴方…なんて口の利き方なの…!」
「どうしたというのだ、私の人形のように可愛い娘よ…。」
「旦那様。」
うろたえる両親に静かにミノスが立ちはだかる。失礼、と小さく言うとヨランダの侍女を指さす腕をそっと下ろさせた。
「どうでしょう、ここで真実を立証するのは難しいことです。お嬢様のお部屋には他に誰もいらっしゃいませんでしたし。当面の間はその侍女はお嬢様から外して奥方様に付けさせませんか?」
「ミノス!そうね、そうしましょう!」
嫌がらせの発覚を恐れてか、母親が妙に猫撫声で賛同する。動揺していた父親も落ち着きを取り戻し、ため息をついた。食卓に父親が座ると他も習うように座る。ヨランダは優しくミノスが誘導し席に付かせた。ヨランダは激昂してはいるが、冷静を欠いている訳では無い。そのエスコートに反発はしなかった。侍女は慌てて部屋を出る。数名の執事と配膳をする侍女がいたが、配膳をしていた侍女を追い出し、扉をそっと閉めると、ミノスは主のそばに膝をついて発言した。
「よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
朝食を食べる手を止めずにため息混じりに応える。
「お嬢様ですが、来月からちょうど始まります、カイン様の学校に通わせてはいかがでしょうか?ご婚約がありましたので入学を断っていましたが、ご婚約も破棄の手続きを済ませますので、我が家の家格なら突然の入学も問題ありません。」
「あれは優秀であれば庶民から王族も通う厳しい学校だ。男ならまだしも、女なぞ行っても意味がない。」
「そうです。入学されれば家柄関係なく成績で篩にかけられる、大変厳しい所です。今一度、お嬢様も社会を学ばれるいい機会だと存じます。このまま社交界に出ても話題の的。まだお嬢様は14です。ご卒業後には17歳、本来ならご婚約者さまが決まるのはそれくらいです。卒業後につぎのご婚約を決めてしまえばよろしいのでは?その前にあの学校を出ているのであれば箔もつけられましょう。此度の婚約破棄の話題も3年もたてば下火になるでしょう。」
「ふん…、なるほど。」
食事をそのまま続け。父親はヨランダを眺めてはまたため息をついた。
ヨランダは見慣れぬ食事を記憶を頼りに食べたが、どれもおいしく中々に満足を得た。しかし、なぜか食べ慣れてるはずの体が受付ないようで量は大変少ないものだった。食事をする姿を兄のカインがじっと見てくる。なんとも感情の読めない表情でみてくるのが不快であり、ヨランダは不躾なその視線を無視した。
食事を終えて父親が口元を拭くと、他の家族も食事を途中だとしてもやめる。
「ヨランダ、お前を手続きが済み次第、全寮制の学校に放り込む。身分もないそこで、己がいかに無力な存在か今一度確認してこい。お前にはろくに教育を施さなかった。故にもちろん、落第もありうるだろう。そうなれば18歳まで残りの日々を修道院で過ごさせる。いずれにせよ、この家には置かない。よいな?」
「……いかようにも。私も、この家にいたくはありません。」
父親はグラスの水をヨランダに向けて勢いよくかけた。
「生意気な娘だ。ミノス!すぐに手配をしろ!」
乱暴に扉を閉めると母親も慌てて弟の手を引いて部屋を出た。ミノスがヨランダの髪を優しく拭く。
兄、カインはまだ視線をヨランダに向けていた。
「どういうことだミノス、なぜあの様な提案をした。」
「お嬢様は一度、お家を出たほうがいい。最近の奥方様からの躾は行き過ぎております。このままでは大きな怪我や取り返しのつかないことに繋がってしまいます。」
「だからといって、私の通う学校でなくとも…!貴族令嬢が通う淑女教育の学校もあるではないか。」
「お嬢様。」
ミノスは昨日の荷車の中で見せたように手を取り、真っ直ぐとヨランダを見つめる。
「貴方様の中で何かあったのかはわかりませんが、今の貴方様なら絶対にあの学校でもご卒業を成し遂げる事が出来るでしょう。私の手ではもうここで貴方様をお守りすることができない。来月から私は奥方様の命令でオーティス家の執事として雇われることが決まってしまいました。この家をでなければなりません。」
「なんだそれは?聞いてないぞ…」
カインが驚き、立ち上がる。ちらりとそれをヨランダはみたあとまたミノスに視線を戻した。
「ヨランダ様、奥方様はヨランダ様を貴方様が思っている以上に、疎ましくおもっています。私が庇いだてするのを知っているのでオーティス家に私を売ったのです。学校にいる間は問題ないかと思いますが、長期休みも家にもどられませんように。どうか、御身お気をつけください。卒業までに、私もつぎの良い家のご婚約者を探しあてますから…どうか!」
深々と頭を下げるミノスの髪を優しくヨランダは撫でる。ふっと笑い、顔を上げさせた。
「…お前の忠義を受け取ろう。お前の言う通りにしよう。礼を言う。お前も、体には気をつけよ。」
「ヨランダ、さま…はい。お嬢様も、何かございましたら私を頼ってください。ミノスは、貴方様のものでございます。」
感極まるように涙するミノスをそっと抱きしめる。知らぬ世界にも、己に優しい人間はいる。ここは本当に人々の生きる世界なのだと、ここで生きるのだと納得するように実感した。
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