第6話

試合開始は午後二時過ぎ。ちょうど街の住人もプランゾを食べ終え、食後のお茶をいただいている頃の余暇を狙っての開催になりました。

 その日東の小島はこのエキシビションマッチのために全域貸切で、ロネーゼ教が主催し、町長ピエトロが後援しての運びでした。

 知っての通り"村のイーハトーブ"は深い樹々と河の街。ブロックのように建物が沢沿いに連なって、主な外観が形成されています。特にこの東の小島は、几帳面に四角く、回の字のような形の区画。ガラス細工職人でも一周するのに二十分とかからない程度の広さ。南側に教会があり、そこに一際目立つ鐘楼があるのがポイント。

 ゲームのルールはいたってシンプル。手段を問わず、相手のご主人様であるハート型のガラス細工を破壊すれば勝ち。場外は反則ですが、それ以外の全てが認められています。つまり、武器の使用も、当然建物の使用も、自然物も、そこにある全てのものの使用が許可されています。

 ゲームの様子は小島に派遣されたチェーチの首につけられた小型カメラから、"村のイーハトーブ"全域に中継されていました。

 というわけで、町長の挨拶や開会式のあと、両陣営顔合わせ。係の者に従い、互いのご主人様にズルがないか検査を通したのち、準備期間の五分が与えられ、お互い路地の角から試合開始です。

 ペスカは鉄パイプを、カルボは釘バットを持参しての登場でした。

 セオリーが分からないまま二人はとりあえずペスカを攻撃、カルボを守備に考えました。カルボがご主人様をガードしながら、ペスカが攻勢に出る構えです。

 一回表……いえ、二人は極めて慎重な立ち上がりでした。間にご主人様を挟んで周囲を警戒しながら少しずつ対角線のロネーゼ、ナポリのスタート地点を目指します。

 "りー……りー……"

 ペスカは足を大きく開いてじりじりと先頭を進み、カルボは辺りを神経質に見回しながらそれに続きます。

 "向こうはどんな攻撃で来るか、判らない。もしかしたら、いきなりダッシュして攻めてくるかもしれない。あるいは角で待ってるかも……とにかく、慎重にね。ペスカ、慎重に……"

 "へいへい、ピッチャーびびってる!"

 ベースボールでいうところのホームベースがロネーゼ、ナポリのスタート地点とすると、二人がいるのは三遊間というところ。まだ試合は始まったばかり、しずかな序盤はそんな心理戦から——のように思われた頃でした。

 街頭や商店通りのウィンドウにお食事処、Sheriffs officeのテレビから眺める観衆はすでにその一手に気づいて、恐る恐る二人の様子を……あるいはもう間もなく血祭りにあげられるのを期待して見ていました。

 "ペスカは完全にゲームを間違えてるな、あれ"

 "うーむ、さすがロネーゼ教。きたない。実にきたない"

 とロンチ、ロッソ、ラビアーの三人が作業場に急遽敷設したモニターの一番前にソファを持ってきて陣取り、語り合います。

 "問題はモザイクはあるのか。無修正でいくのか、ということだ"

 "リアタイじゃレーザーもモザイクもつけられなくね?"

 "あ、そうか……"

 "あれ、ラビ姉ちゃん、珍しいね"

 ロゼがチューペットを口にしながら、血のように紅く、深淵のように濃い青のインナーカラーが特徴的なバンギャ風職人ラビアーに声をかけると、彼女は八重歯を覗かせながら答えました。

 "ち、血生臭い良い香りが、したから……"

 "……ゲームだよね? これ。ペスカとカルボ、死なんよな……? これ……"

 他のボンゴレ姉妹は戦々恐々、ベーゼは興味なさげに横髪をくるくるいじりながら、その隣でジェノべが意味深に言いました。

 "一瞬で片がつくか……あるいは——"

 一方、ペスカとカルボ。何も知らずに路地を進み、その頭が最初の中央広場へ抜ける通りに出ます。

 "もうすこし……"

 それを、銃身上部、やや左寄りにハイマウントされたモノクルから見つめるロネーゼが呟き、路地の影から大股開きのペスカに続いて、そのご主人様が頭を出した時が合図でした。

 口元のインカムマイクに向かい、

 "フォーコ(撃つ)——"

 そう言って、ロネーゼは引き金をしぼり——。

 次の瞬間、火薬の爆発によって弾き出されたひよこ豆は二人の頭上、広場の向こうから鈍角に中空を抜け、そしてペスカのご主人様の額を突き抜けたのでした。

 ぴしっ、と音が聞こえて、"え……"とカルボが顔を上げ、ペスカが振り返ったときにはガラス細工の額にはすでに大きな風穴が開いておりました。

 "ええぇぇーーーーーっ!"

 カルボが驚愕して声をあげると同時に、ぶしゅううぅぅと音を立ててガラス細工のハートの割れ目辺りから血しぶきが噴き上がります。

 "あらあらあらあら……おつむを通りこして向こう側が見えてしまいますオホね、ペスカ"

 コッキングして空になった薬莢を弾き出しつつ、ロネーゼはモノクル越しにその様を眺めて、悦に笑みます。

 足元でぴゅっぴゅっと血潮を噴きながらびくんびくんと痙攣けいれんを始めるペスカのご主人様の亡骸を、指の隙間から覗き見て、カルボが言いました。

 "待って、待って! ちょっ——え? 出ちゃってるんだけど! ガラス細工なのにないはずのあれが出てきちゃってるんだけどっ?!"

 が、しかしペスカは既に次の攻撃の手が迫っているのをその目で確認していました。

 "そんなこと言ってる場合か! 奴はもうダメだ! カルボ、走れ!"

 "え——"

 "後ろ、後ろ!"

 ペスカの位置からはその背後——二人のスタート地点の方から高速でかけてくる物体が見えていたのです。

 それは黒い塊……台車を引いた黒子の群れに、その上に乗った固定砲台とナポリでした。

 "おほほほほほ! 開始三分……カップヌードルの出来よりも早くこれで試合終了ですわよ! お姉様方!"

 間もなくそんなナポリの声と共にどるるるる……と固定砲台が火を噴いて、ひよこ豆を路地にばらまきます。

 "うわぁああーーーーっ!"

 カルボはいよいよ恐慌にかられて釘バットも放り出すと、自分のガラス細工の乗った箱車を押し脱兎のごとく逃げ、ペスカと位置を入れ替えます。

 迫るミニガンの砲口を見つめて、刹那——ペスカのお脳に電灯が灯ります。

 "あ、そうだ"

 ペスカは言うが早いか、足元に倒れたご主人様の亡骸を背中に巻きつけ亀のように背負って盾にしながら、カルボの後に続くのでした。

 "ふはははっ! いくらでも撃ちたまえ! 私はちっとも痛くない!"

 ペスカのご主人様は蜂の巣でした。

 全速で駆けながらカルボが叫びます。

 "ちょ! ちょっと、あれ! いいの?! あれ! ……じゃなくてっ! そもそもいきなりグロいんだよっ! ほのぼのーっとした牧歌的な雰囲気でやってきたのに! いいの?! それも!"

 "主催は向こうだ。ルールは向こうが決める!"

 ミニガンのひよこ豆が突き刺さる度、無惨に飛び散るご主人様のモツを全身に浴びながら背後に続くペスカを振り返り、カルボは仰天します。

 "ぎゃー! てかペスカ——血! 顔! てか、中身っ! あ゛あああーーーーごわいっ! ぼく、もうこのゲーム辞めたい! ごわいよーーーっ! 死にたくないぃいいーーーっ!"

 "落ち着け! こういうゲームでは恐慌に駆られたやつが見せしめに真っ先に最もグロく処されるんだ! だから今、カルボのそれはヤバい! 次に死ぬぞ!"

 二人は先頭にカルボのご主人様を据えて、文字通り死に物狂いで会場を駆け回ります。モニターの向こうは試合始まって初めての大盛り上がりを迎えていました。うおおおおという歓声が街のあちこちから聞こえてきます。

 工房の作業場ではラビアーがスタンディングオベーションで雄叫びをあげていました。

 "はああああ……あはあはあは。鮮血と臓物がいーっぱい! ブラボー! いいないいな! 私もやりてー!"

 "ひっでぇゲームだ……"

 "うーむ、さすがロネーゼ教。きたない、実にきたない"

 一方ロンチ、ロッソは低く唸り、いよいよビアンゴがヴァンデ、ネロを別の部屋に連れて行きました。ロゼは余りを残したままプラ容器が白くなるほどチューペットを強く噛み込みつつ、血眼で凝視しています。ベーゼはあくびをしながら爪の手入れを始め、ジェノべはヴァイオリンを持ち出しました。

 "さて……このまま終わってしまうのか、ペスカくん"

(おほほ、おほほほほほほ! 手に伝わる振動、胃の底に響く衝撃に命を奪う感・覚……乗じて吹き飛ぶガラス(とモツ)、あとに残る火薬の匂い……なにこれすっごい楽しい……どこをとってもたまらないっ! お姉様方がゴミのようだわっ!)

 ナポリは黒子に台車を引かせながら産まれて初めてのトリガーハッピーに酔いしれ、舌をれろんれろんにしながら、言います。

 "おほほほほ! 良い様だわ! ほら、ほらぁ! 早く走らないと……可愛いお尻にもう一つといわずたくさん穴ボコができてしまいますわよー! おーーっほっほっほ!"

 "悪役令嬢っぽい! アイツ! だがとりあえず効かん!"

 "待って! 良い案思いついた……思いついた、けど……"

 カルボが走りながら言い、ペスカが土煙越しに答えます。

 "なんじゃ?!"

 "まずは後ろのアレ、振り切らないと……!"

 "よしきた。任せろ——!"

 というわけで、ペスカとカルボはナポリの強襲に痛めつけられながらも、体力トレーニングの成果か、小島の外周をほぼ一周追いつかれずに駆けずり回っていたのでした。

 しかし、北側T字路にて、いよいよ前門の虎にはロネーゼの狙撃、後門の狼にはナポリのミニガンときて、ここで打ち止め——先の一撃は逃げ場のないことを知らしめ降伏をせまるロネーゼの深情けでした。

 "カルボ……よく見ておきなさい。森羅万象、戦場において卑怯などという言葉はありませんわオホ。この世はあらゆる場面で平等ではないのだから。この世はすでに精神的サバンナの世界……! そんな人はお脳に風穴をあけられたあとで天国の弁護士にでもすがるつもり? それで気が済むなら、いくらでもそうなさいな。死んで奪われ、負けて得られず、情けないと推して知るべしですわ!"

 直角に真正面、そびえる建物の屋根の上から路地をまっすぐ見据えるロネーゼは得意げに想います。

 "強者とは——! 99%の勝算をあらかじめ用意したうえで勝負に挑みつづけるもの! そして残りの1%は……"

 ——かと思いきや、またしてもペスカの野生的勘が冴え渡ります。

 ペスカはとっさに砂ならぬ何か、そして多少生ぬるい液体に塗れたナニカを、迫ってくるナポリ目掛けてぶちまけたのです。

 ナポリら黒子衆は馬の手綱を引くようにとたんに突撃を緩め、自らに降りかかった水滴のようなそれらを払い、口についたものを吐き出します。

 "ぺっぺー……なんですの? これ。あら——おいしい"

 それはナポリがところ構わずぶちまけていたミニガンの弾……ひよこ豆(ペスカのご主人様から出た血液に塗れていたものの)。外周を回り、彼女の砲撃をご主人様のその身に受けさせながらペスカがこっそり集めていたものでした。

 "でも、だからなんだっつぅんですの! お姉様方——"

 そして、それは単なる弾ではない、彼ら、彼女らを呼び寄せる撒き餌となることをペスカは知っていたのです。

 ナポリがひよこ豆を払いのけるか否か——という間隙に、空から無数のチェーチの群れがひよこ豆目掛けて襲いかかります。

 "ひゃあああーーなに、なに?! なんなんですのー?!"

 それはパンをあげてはいけない公園の鳩のように、どこからともなく滑空してきては彼女らに襲撃を加えました。ミニガンどころではありません。

 "よっしゃ!"

 "今のうちに……!"

 ペスカはさらに自分たちの隊列を入れ替え、あえて一番先頭にカルボのご主人様の箱車を据え、T字路をまっすぐ飛び出しました。

 "——なんで? そもそも、なんでご主人様は撃たれたんだ?"

 その刹那、ペスカは一瞬のうちに思考します。

 "A.ロネーゼが待ち構えていたから。私たちが来ることが解っていた……? なぜロネーゼは私たちが来ることが解ったんだ? ——解らないところはそこだ!"

 これは賭けでした。ペスカのそんな引っ掛かりが外れていたらこの場でゲームセットとなる可能性もある危険な賭け。

 しかし、ロネーゼの反応は遅れます。

 ロネーゼの狙撃は二人が駆け抜けたあとの路地壁に穴を空けるだけに留まったのでした。

 "ちっ……あの子……"

 二人が魔のT字路を抜け、姿をくらますのをモノクルから見送ると、ロネーゼは狙撃銃を縦に掲げ、なおも嬉しそうに微笑むのでした。

 "やはりオホ……やりますわね、ペスカは!"

 中継は1st.ウェーブ、ペスカのご主人様がヘッショを受けた時以上の盛り上がりを見せ、街は喝采。工房のモニター前ではロンチとロッソにラビアー、それからロゼも加わってのスタンディングオベーションが起こっていました。

 "おお! やりやがった! 切り抜けやがった! あの二人!"

 "ひよこ豆集めてたとかさすがペスカ、鼻が効くというか姑息というか!"

 "あのひよこ豆煮詰めたら美味そうだよね! 肉肉しくて!"

 何よりロッソは、ぴょんぴょん飛び跳ねてロンチ、ラビアーとハイタッチを交わすロゼの様子が面白くて言います。

 "ロゼ……あんた……"

 "え……あ。あー、こほん"

 ロゼは、すると一転再び大人しくソファに腰掛けて顔を逸らし、

 "別に良いでしょ。一応あんなんでも私らの師匠というか朝練仲間なんだから"

 そんなふうにうそぶくのでした。

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