第25話
「もう、めちゃくちゃ好きな感じで最高です」
「良いよね。コーヒータイムにぴったりな感じで」
確かに、今の雰囲気にぴったりな音だ。繊細で淡くて、どこか暖かい。この空間の匂いも相まってさらに雰囲気が良く感じるけれど、きっと家で聴いてもまた違った良さがある気がする。
「今日、これ頂きます。家でも早く聴きたいです」
「お、了解。用意しておくよ」
瀬尾さんがターンテーブルからレコードを抜き出すと、BGMに変わった。彼がセレクトしているので、こっちもこっちでまたセンスが良い。
「最近どう?忙しそうだけど」
さっきのレコードを薄い紙袋に入れると、コーヒーを啜る私の隣のスツールに置いてくれながら瀬尾さんがそう訊く。
「おかげさまで」
「良いことだねえ。薫には会ってるの?」
薫というのが私の師匠、石神薫さんのこと。このお店と瀬尾さんを紹介してくれたのも薫さんで、私をこの世界に引き入れてくれた張本人だ。
「それがしばらく会えてなくて。薫さんのイベントも、何かと仕事が被ってしまって全然顔出せてません」
「はは、エトちゃんもすっかり人気者だしね。あいつ、拗ねてんじゃない?」
そうやって茶化すように笑う瀬尾さんは相変わらず少し意地悪だ。けれどその、お歳の割に無邪気なところが彼の魅力の一つでもあるのだろう。
「それは困りました」
「だろう?この前来てたけど、エトちゃんの話になってさ。俺の娘が遠くに行っちまうって嘆いてたよ」
私とは娘と父ほど歳の離れた薫さんと瀬尾さんは、昔から娘のように世話を焼いてくれている。
私と同じ白いマグカップに注がれたコーヒーを啜りながら、何とも愉快そうに薫さんの恥ずかしい話をする彼も、薫さんが弟のように可愛いがっているのがよく分かる。
「彼氏は?出来た?」
「いると思いますか?たまの休みに、わざわざ1人でレコード掘りに来てるんですよ」
私の皮肉に、ぶは、と咽せてけたけたと笑いながらごめんごめん、と平べったく謝る瀬尾さんをじっとりと細めた目で睨んだ。まったく失礼な人だ。
けれど、昔私に色々あったことを知っているからこそこうしていつもさり気なく心配してくれているのだと分かっているから、胸が熱くなってしまう。
笑いが収まり、はあ、と呼吸を置いてからもう一度カップに口をつけた彼は何かを考えるように天井を仰ぎ見て、こちらに向き直る。
「まあでも、恋人がいるかどうかなんて人生の中では些末な事だよね。好きなこととかやりたい事を一所懸命突き詰めて行った先で、エトちゃん自信も、生き方も、全部を大切にしてくれる人がいたらそれは素敵な事だとは思うけど。いなかったらそれはそれで、エトちゃんに見合うほどの良い男が存在しないんだっていう良い発見になるだろうしね」
「確かに……そうですね」
「うん。でも今気になってる人いるよね?」
「うん……え?」
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