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これは私が体験した、本当にあったお話です。
以前ある雑誌の企画で、「霊能者さんと心霊スポットを巡る」っていう記事を担当したことがあるんですが、そのとき回ったうちの一つに、事故が多発する呪われた直線道路、と言われている場所がありまして。
そこは見通しのいい真っ直ぐな直線道路なんですが、なぜかその途中にある特定のポイントでだけ、車が謎の急ハンドルを切って事故を起こすというんですね。
しかも気持ち悪いことに、そこで事故を起こすのは、毎回決まって赤い車らしくて。
私も一応、本当なのかどうか調べてみたんですが、そこで事故を起こした車、確認できただけでも十台近くあったんですけど、確かにぜんぶ赤いんですよ。
街で赤い車を見かける率を考えたら、これはさすがに常識を超えた何かが起きてると、そう考えたくもなるのも分かりますよね。
で、それとは別の話なんですが、この直線道路、実は有名な怪談の舞台でもあって。
五年ほど前に、当時中学生だった女の子が赤いスポーツカーに轢き逃げされて亡くなるという事件があって、それ以来この道路では若い女の幽霊が出るという噂があるんですが、調べてみるとその女の子が轢き逃げに遭った場所と、赤い車の事故が多発する場所というのが、どちらも全く同じ場所なんですよ。
ちなみにその轢き逃げの犯人っていうのはまだ捕まってなくて、事件の捜査が今も行われているのかは分からないんですが、その轢き逃げの現場には、今でも定期的に新しい花束が置かれてるんです。
少し前置きが長くなりましたが、取材の日のことに話を戻して。
その日、私たちはレンタカーで赤い車を用意して、その事故が起こるというポイントを通ることにしたんです。
時間は夜の八時過ぎ。この八時っていうのは、そこでの事故が何時に起きたかっていうのを調べて、だいたいの平均をとった時間で。
車に乗っていたのは、私と、新人の若い編集者と、霊能者さんの三人。
私は免許を持っていないので若い子にハンドルを任せて、後部座席に霊能者さんと二人で座っていました。
その日、私は霊能者さんに、私たちが今から行く場所も、その場所にまつわる怪談があることも、直前まで伝えていませんでした。
だから霊能者さんは、全く予備知識のない状態で現場の霊視をするわけなんですが、車が直線道路に入ったくらいのところで、私が「どうですか、何か感じますか?」と尋ねると、霊能者さんは、しばらくうーん、と考え込んでから、「悲しそうな、中年の女性が見える」と言われたんです。
「なるほど、それは、どんな姿の女性ですか?」
私が続けて訊ねると、霊能者さんは、「痩せた、長い白髪の女性です。その人、私たちのことを、じっと見てる」と。
そう言って車の前方、真っ暗な闇の中を指さしたんですね。
で、私も何気なくそっちを見たら、その霊能者さんが指さした方向、直線道路の先のほうに、私にもその白髪の女性が、一瞬ですけどはっきり見えたんです。
で、「えっ、何だあれ」と思ってもう一回見た時には、それはもう消えてて。
私は内心かなり混乱してたんですが、若い編集者が「もうすぐ現場に着きますよ」って言ったのを聞いて、ふっと我に返って。「おう、くれぐれも事故るなよ。いつでもブレーキ踏めるようにしとけ」なんて、平静を装って返事をしてたんですが、心の中ではさっき見たものが、気になってしょうがないんですよ。
だって、ヘッドライトの明かりしかない真っ暗な夜道で、それもめちゃくちゃ先にいる人間の姿が、本当に一瞬ですけど、この目ではっきり見えたわけですから。
で、車がスピードを落とし始めて、私がそろそろこの場所にまつわる怪談を話すか、と思って「実は……」と言いかけた瞬間、嘘みたいな話ですけど、車の前に突然、横から女性が飛び出してきて。
ドン! っていうものすごい衝撃の後、若い子が、完全に手遅れのタイミングで急ブレーキを踏んで、ちょうどスピードを落としかけてたタイミングだったのが幸いしてか、車内の私たちは無事だったんですけど、私も、若い子も、めちゃくちゃ動揺してて。
特に若い子は自分がハンドル握ってたわけですから、もう手がハンドルを握ったまま固まっちゃって、「いま、僕、人轢いちゃいましたよね」とか言って、震えて動けないんですよ。
私は「いいからアクセルから足離してエンジン切れ」って言って、急いで外に出て、轢いたはずの女性を探したんですけど、いくら探しても見つからなくて。
バンパーとボンネットも確認したんですけど、シートから体が浮くぐらい衝撃があったのに、不思議なことに傷一つないんです。
車にぶつかってきたのは間違いなく、私がさっき遠くに見た、あの女性でした。
女性の姿は霊能者さんが言ってたとおりの白髪で、それが突然車の横に現れて、ものすごい形相で運転席のほうを睨みながら、真っすぐ突っ込んできたんです。
それも偶然飛び出して轢かれたとかじゃなくて、自分から思いっ切りぶつかりに来た、という感じで。
それから私たちが車に戻ってどうしたのか、どういう会話があったのか、みたいなことについては、ちょっと記憶が曖昧なんですが、とりあえず近くのコンビニまで行って一息つくまでは、本当に現実感がなかったというか、夢を見てるみたいな感じでしたね。
で、まあなんとかそこでの取材は無事に終えられたものの、さすがにその日はもう、私のキャパを超えてましたから。
残りの取材については、霊能者さんに「後日、また改めてお話を聞かせてもらえませんか」って言って日を改めようとしたら、その霊能者さんが急に「それなんですけど、私はこれ、記事にしてほしくないんです」って言うんですよ。
いや、そう言われてもお互い仕事なわけで、「そこをどうにかなりませんか」って言ったんですけど、どうしても無理だって言われて。
それで、もうそこまで言われたら仕方ないと思って、「わかりました。無理なら無理でいいんで、それなら理由だけ教えてもらえませんか」って言ったら、霊能者さん、しぶしぶ話をしてくれて、「いま、ぶつかった時に分かったんですが、あの方、車の事故で娘さんを亡くされてますね。それで、多分その犯人を捜しておられるんです」って言うんです。
霊能者さんが言うには、車にぶつかってきた女性は、幽霊ではなくて、なんというか、念のようなものらしくて。
あの女性自体は自分の家にいて、もちろん生きた人間なんですけど、一日中ずっと亡くなった娘さんのこととか、あの場所で起きた事故のことを考えているせいで、その無念とか怒りとかの気持ちが、無意識にここまで飛んできて、私たちのことを殺そうとしたんだ、と。
でも、女性本人には念を飛ばしてるような自覚はないし、もちろん人を殺そうなんて言う意図もないはずだ、って。
だから、そんなふうに苦しんでる人を大衆雑誌の、しかも心霊スポットの取材みたいな娯楽の題材にはしたくないと、霊能者さんはそう言うわけなんですよ。
それでまあ、後日この件については編集部でもいろいろ相談したんですが、結局は霊能者さんの要望が通る形で、この件は記事にはしないということになったんですけど、私はちょっと納得してないというか、本当にそれでいいのかな、と思っていて。
いや、もちろん悪いのは轢き逃げ犯であって、その被害者の子どもと母親には、何の責任もないですけどね。
でも、そのこととは完全に別の問題として、このままでいいのか、という気持ちがあるというか。
私が思うのは、もし、あくまでも仮の話としてですけど。
私がその轢き逃げ犯の立場だったら、同じ車を修理して乗り続けるなんてことは、まず絶対にしないし、次に乗る車の色も、確実に赤だけは選ばないと思うんですよね。
それにもっと言えば、この土地からできるだけ遠くに離れて暮らすし、事故現場にも二度と近づかないんじゃないかなと。
だとすれば、この可哀想な母親が無意識でやってる犯人探しは完全に無意味だし、それどころか、事件と無関係な、ただ赤い車に乗ってただけの被害者を現在進行形で生み出し続けてるっていうことを考えたら、それって無意味どころかもっとタチが悪いよな、って。
まあ私がそんなことを言ったところで、どうにもできないんですけど、これって誰も幸せにならない、なんとも理不尽な話ですよね。
お聞きいただき、ありがとうございました。
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