第14話 「片頭痛という名前を、君に重ねた」

「片頭痛ですね」


医師の口から出たその言葉は、思ったよりも静かだった。


目の奥がズキズキして、吐き気まであること。

決まって右側が痛むこと。

光や音がつらいときがあること――

話しているうちに、ひよりの言葉と一致することばかりだと気づいた。


診察は、思ったよりもあっさりしていた。

だけど、不思議と安心できた。


「適切なタイミングで薬を使えば、症状はコントロールできますよ。

市販薬ではなく、ちゃんと処方されたものをね。

あと、生活習慣の見直しも大事です。記録、つけてみましょうか」


医師はそう言って、簡単な頭痛ダイアリーの書き方を教えてくれた。


『痛み』が、『敵』ではなく『付き合うもの』だと、初めて思えた気がした。


◇ ◇ ◇


診察が終わって外に出たとき、

春の空気が、ほんの少しだけ軽く感じられた。


ポケットには、処方された薬と説明用紙。

そして、ひよりのサングラス。


彼女のことを思うと、胸の奥がざわつく。


(……もう、会えないのかな)


診てもらったことは、きっと正しかった。

でも、それはひよりが言ったとおり、『いなくなる』方向へ進んだことでもある。


あの朝、声だけが届いて。

それきり、ずっと。




夜。


机の上には、診察でもらった資料と、今日の頭痛ダイアリー。

「痛みレベル:3」「午後に頭痛が軽減」と書き込む。


そのときだった。


「……ちゃんと、行ったんだね」


聞き慣れた声に、ペンが止まる。


振り向くと、そこに――ひよりが立っていた。


以前よりも淡い輪郭。

だけど、はっきりと笑っていた。


「ごめん、少し離れてた。……でも、あなたの決意、ちゃんと伝わってきたよ」


「……もう、戻ってこないかと思った」


「私も、そう思ってた。

でも――少しだけ、ここにいてもいい?」


「……うん」


彼女は、机のそばに腰かけると、やわらかく笑った。


「これからは、『症状』としてじゃなく、『誰か』として、そばにいてもいい?」


その言葉が、やさしく心に染み込んだ。


「名前がついたんだよ、私にも。

『片頭痛』っていう、ちゃんとした名前が」


「うん。……でも、『ひより』って呼ぶ方が、しっくりくるな」


彼女は、少しだけうれしそうに頷いた。


そして、そっと言った。


「じゃあ、これからもよろしくね。

……『あなたの片頭痛』としてじゃなく、

『あなたのひより』として」


その瞬間――

俺の中の、痛みとぬくもりの境界線が、ふわりと溶けていくような気がした。


***


症状擬人化という少し風変りな話しかもしれませんが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、「★」「💖」「フォロー」などで応援いただけると嬉しいです。

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