第13話 「消えていく輪郭の、向こうに」
その朝、彼女は現れなかった。
通学路も、教室も。
いつもだったら隣の席にふっと現れるはずの彼女の姿は、どこにもなかった。
教室に差し込む光が、いつもより強く感じた。
蛍光灯のジーという音が、今日はやけに響く。
彼女がいないと、こんなにも世界はうるさかったのかと、改めて気づかされる。
時計の針が、昼に近づくにつれ、胸の奥がじわじわとざわめいてきた。
(本当に……いなくなったのかもしれない)
昨日、彼女は「いなくなるのが願いだ」と言った。
でもそのあとで――「そばにいたい」とも言った。
俺は、ちゃんと答えたつもりだった。
「診てもらってみる」って。
それが、彼女の『願い』を受け止めることだと、信じたから。
だけど、こうして『彼女の不在』に触れてしまうと、心のどこかで思ってしまう。
(このまま、ずっと会えなかったらどうしよう)
昼休み。
保健室に寄ったあと、俺は校舎の裏手にある静かなスペースに足を向けていた。
ここは、ひよりが「少し落ち着ける」と言ってた場所。
ベンチに腰を下ろすと、春の空気がかすかに揺れていた。
風が吹いた瞬間、髪の毛がふわっとなびいた。
そのとき――
声が、した。
「……いってらっしゃい」
思わず振り返る。
でも、そこには誰もいない。
なのに、確かに聞こえた。
耳元に吹き込むような、あたたかい声。
姿はない。
でも、気配だけが、すぐそばに残っている気がした。
ポケットの中で、遮光サングラスのフレームが指にあたる。
彼女の輪郭は、確かに薄れてきている。
でも、『消えた』わけじゃない。
目には見えなくなっても、
存在は、そこにある。
「……行ってくるよ」
小さくつぶやいて立ち上がる。
午後の診察に向けて、校門をあとにするその背中に、
かすかな痛みと、あたたかいものが、重なっている気がした。
***
症状擬人化という少し風変りな話しかもしれませんが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、「★」「💖」「フォロー」などで応援いただけると嬉しいです。
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