第7話 「肩に、頭をあずけた日」
次の日の放課後、俺はひよりと一緒に、学校の図書館にいた。
教室がざわついていたからだ。テスト返しや部活の話題で、いつも以上にガヤガヤしていた。
そんな音が、ひよりには刺さる。
「……静かなとこ、探そう」
そう言って、ふたりで無言のまま、図書館に向かった。
まだ夕方前の時間。窓からはやわらかい光が差し込んでいて、空気はどこか冷んやりしていた。
奥の窓際の席。ふたり、並んで腰を下ろす。
「……ここ、落ち着くな」
「うん。音も光も、ちょうどいい」
ひよりはサングラスを外し、ヘッドホンもずらした。
それがノイズキャンセリング付きのヘッドホンだと知ったのは、つい最近のことだ。
光や音――そんな、ごく当たり前の刺激が、彼女には『痛み』の引き金になるらしい。
そのすべてをガードしていた彼女が、それを外した姿を見るのは、たぶん初めてだった。
ほんの少しだけ、表情がやわらかい気がした。
本を開いたわけでもなく、スマホをいじるでもなく、ただ並んで座っていた。
話すことがなくても、別に気まずくはなかった。
それよりも、いまこの時間が、少しだけ特別に思えた。
かすかに、肩がふれている。
俺の右肩と、彼女の左肩が、ほんのわずかに重なっていた。
気づいてはいた。でも、なぜか、そのままにしていた。
ひよりも、何も言わなかった。
しばらくして、彼女がぽつりとつぶやく。
「……ねえ。もし、私がいなくなったら……さみしい?」
唐突な質問だった。でも、すぐに答えることはできなかった。
ひよりは片頭痛の擬人化で、つまりは症状で――
でも、それだけじゃない。
いま隣にいるのは、『誰か』だ。
俺は少しだけ息を吸って、返す。
「……それ、病んでる人のセリフだぞ」
「ふふっ、たしかに」
ひよりは少し笑って、窓の外を見た。
そして、そっと身体を傾けて――
俺の肩に、頭をあずけた。
「……今日は、少しだけ……こうしていたい気分」
その声は小さくて、やわらかくて、
それでいて、しっかりと重みがあった。
サングラスの奥の目を閉じて、彼女はゆっくりと息を吐いた。
体温が、肩越しに伝わってくる。
痛みを抱えているはずの彼女が、いま、俺のそばで安心している。
俺は本を開いたまま、ただその温度を感じていた。
ふれているだけの距離が、こんなにも近いなんて。
そう思った午後だった。
***
症状擬人化という少し風変りな話しかもしれませんが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、「★」「💖」「フォロー」などで応援いただけると嬉しいです。
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