第6話 「手のひらに残る温度」

放課後、俺たちは学校を出て、住宅街の裏道を歩いた。


遠回りだ。だけど今日は、それでいいと思えた。


ひよりは、さっきよりも少しだけ元気そうに見えた。

教室ではぐったりしていたのに、今はまるで、すこし光が差したように歩いている。


「……今日は、あまり痛くない」


不意に、ひよりがぽつりと言った。


「ほんとに? それ、『俺の存在が癒し』ってやつ?」


「ふふ、それはまだ保留。でも、静かに歩いてると、少し楽になるのは本当」


「……へえ」


誰もいない公園の横を通る。滑り台もブランコも夕焼けに染まっていて、空はほんの少しだけ秋のにおいがした。


「……ねえ」


ひよりが口を開く。


「私ね、『痛くない』って、すごいことだと思うんだ」


「ん?」


「あなたは、朝起きて夜寝るまでのあいだに、『今日は頭が痛くない』って意識すること、ある?」


「……うーん。俺も、痛くない日はあったはずなんだけど……もう、それがいつだったか、思い出せないな」


「でしょ。でも、私はね――『痛くない』ってだけで、すごく嬉しいの」


そう言って、彼女は空を見上げた。

サングラス越しのその目は、どこかやわらかくて、少し寂しげでもあった。


「……痛みって、『ない』ことに気づけないから、忘れられちゃうの。

でも私にとっては、『ない』日は宝物なんだよ」


その言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。


そんなふうに思ったこと、なかったから。


しばらく黙って歩いたあと、前にある小さな段差で、ひよりがつまずきかけた。


「わっ――」


思わず、俺は手を伸ばしていた。


彼女の手を取る。細くて、かすかに冷たい指先。


「あ……」


少し驚いたようにひよりが見上げたが、手は離さなかった。


俺も、離せなかった。


「……ありがと」


彼女の声は、いつもより少しだけ小さかった。


手のひらから伝わる体温は、

前に感じたときよりも――あたたかく感じた。


それが彼女のせいなのか、自分の心のせいなのかは、わからなかったけど。


片頭痛なんて名前がついてるはずの彼女が、いま、俺の手を握っている。


そのまま、しばらく無言で歩いた。


少しだけ、風が吹いた。


「なあ」


「ん?」


「……また、こうやって歩こうぜ。なんかさ、これ、効いてる気がする」


「……それ、私にとっても『鎮痛剤』になるといいな」


ひよりがそう言って、少しだけ指先に力を込めた気がした。


俺は、視線を前に向けながら、小さくうなずいた。


その日、頭は少しだけ軽かった。


***


症状擬人化という少し風変りな話しかもしれませんが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、「★」「💖」「フォロー」などで応援いただけると嬉しいです。

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