第6話 その魅力、天性のもの
バイト先で聞いたことのある名前を前振りなく出されてぽかんとしている俺に、恭也は「こいつマジか」と言わんばかりの顔をしながらさらに近づいて耳打ちしてくる。
目は口ほどものを言うというが、こいつの場合全身からあふれ出ているので普通に腹が立つ。
「今話題の女優だぞ、知らないのか??」
「俺がテレビ見ないの知ってるだろ。全然わからん」
「嘘だろ……。CMとか街中の広告とかでいくらでも見る機会あるだろ」
「……気にも留めたことなかった」
「お前の世間を見る力がなくて俺は悲しい」
「事実だとしても、言われると腹が立つな」
俺が疎すぎるだけで、世間で彼女は相当な有名人らしい。
その美貌だけでなく明るい雰囲気も相まって、見る人の多くを魅了してしまうのだろう。
そんな魅力あふれる彼女に、例にもれず店長らしき男性もたじたじだ。
「お、お席までご案内いたします!!」
「ありがとうございます!!よろしくお願いします」
「い、いえっ!!あの大崎さんをご案内できて、死んでももう悔いはありません!!」
「そんな大げさなぁ。ご迷惑にならないようにロケ進めさせていただきますね」
「は、はいぃぃ……」
店長が彼女の魅力で骨抜きにされているのを目の当たりにしてしまったが、大崎さんのウインクを間近で見てしまうとああなってしまうのだろうか。
そんなことをぼーっと考えながら目で追っていると、恭也が落ち着いた様子でコーヒーをすすって聞いてきた。
「なんだ、お前も大崎葵にお熱か??」
「いや、そういうのでなくてだな……」
「もったいぶらずに言えよ」
あまりそういう話をしないからか、ここぞとばかりにぐいぐいと来る恭也を尻目に俺もコーヒーに口をつけながら言う。
「俺、バイト中彼女を助け――」
「お隣、よろしいですか??」
酸味のあるブラックコーヒーが口から吹きかけたが、何とか耐えることができた。
慌てて声のした方に振り向くと、噂の大崎さんがにこりと笑みを浮かべていた。
おずおずと首を縦に振る。
柔らかで明るい雰囲気をついさっきまでまとっていたはずなのに、どこかひんやりとしたものを感じたのは気のせいなのか。
「ありがとうございます。お邪魔しますね」
「い、いえ……」
別の個室とかでロケをするものだと思っていたがそうではないらしく、一般客と混ざって敢行するらしい。
空いているテーブルが俺たちの横しかなかったのか、ぞろぞろと数名のスタッフとともにその圧倒的オーラを放ちながら席に着いた。
「間近で見ると想像以上に美女だな。有名になるのもわかる」
「あ、あぁ……」
ここで迂闊に彼女と面識があることを言えば聞きつけた人間がパニックを起こしかねないと判断して、恭也のつぶやきにはあいまいに返す。
確かに駅で出会った時から容姿が整っている人だとは思っていたが、まさか今世間を騒がせている女優だったとは夢にも思わなかった。
思い返せば常に顔を隠す装いをしていたし、いつの日か「わからない??」と聞かれた理由も納得がいく。
そういう意味では、俺はかなり失礼な態度を取り続けていた気がする。
わざわざ用意してくれたお礼を一度断り、マスクを外してアピールしてくれたのに俺の無知を披露してしまった。ファンに知られれば極刑待ったなしの対応だ。
「お兄さんたちはよく来られるんですか??」
「今日が初めてです。SNSで話題になっていたので気になっていました」
「実は私もなんです。可愛らしいケーキとおしゃれな空間が本当に素敵で、いつか来てみたいと思っていたんです!!」
注文を終えたらしい大崎さんは、こちらにその愛らしい笑顔を向ける。
手慣れた感じで爽やかに答えるイケメンと誰しもが振り向く人気女優の組み合わせ。
それにしても恭也のやつ、人気女優にもなんともないように話せるあたり鋼のメンタル持ちだな。
周囲のお客さんは眼福と言わんばかりに二人のやり取りを見ている。
俺としては非常にやりにくいが、会話が飛んでこないことを祈りつつ飲み損ねたコーヒーに口をつける。うん、美味い。
「そちらのお兄さんは何を飲まれているんですか??」
「ぐふっ」
「おい汚ねえな」
何度も同じことをしたくないが、こればっかりは仕方がない。
だって、どう見ても目が笑っていない大崎さんがニコニコと冷たい笑みを浮かべている。
あれは俺が女優であることに気づかなかったことを根に持っている顔だ。間違いねえ。
どうにかこの難局を乗り越えようと紙ナプキンで口を拭いて、なるべく大崎さんに顔を合わせないように答える。
「キリマンジャロの――」
「お好きなんですか??」
まだ話し終わっていないのに被せて聞いてくる大崎さんの目は、獲物を逃すまいとする肉食獣のそれ。
マジほんと勘弁してくれ。
「ま、まあ……。眠気覚ましにもなりますし……」
「ふーん……??ということは朝から『お仕事』されてたんですねぇ??どのような??」
「……こっわ」
つい口に出てしまったが、大崎さんは「何か??」と言わんばかりに、変わらず冷ややかな笑みを崩さない。
「お仕事」の言葉の圧が強すぎるのは気のせいではない。
「すいません。『初対面』の人に根掘り葉掘り聞くものではないですよね。今のは忘れてください」
「は、はあ……」
やめてくれ。その節々に感じる圧は確実に俺のメンタルを削っている。
「あ、でもですね……??」
「……」
見逃してくれたと思って一息つけたのもつかの間、大崎さんは今日一番の笑顔で俺のひきつっている顔を見て言う。
「私のこと、覚えて帰って行ってくださいね??」
「……っす」
「お前、ついに言葉話せなくなったか??」
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