第2話「お礼です」
「今日も多いな……」
4月だというのに一桁気温の今日、道行く人はコートを羽織って足早に移動してく。
いくら防寒対策をしているとはいえ、朝から吹き曝しのホームに立ち続けているとさすがに体の芯から冷えてくる。もうこんな日は来ないと思っていたのに誤算だった。
寒い寒いと愚痴を言い合える神田さんは一日休みで、気を紛らわせる相手もいない。やってくる超満員の電車の中に入って数分でいいから暖を取らせてくれ、と心の隅で思いながら今日も淡々と“押し屋”のバイトをこなす。
はあ、と吐く息は白く「さむ」と小さく呟きながら「あと数分で上がれるなあ」とかボヤっと考えながら手を温めていると、後ろから俺を呼び込める声が聞こえてきた。
「す、すいません……」
次の電車まで時間があったこともあり、少し自分の世界に入っていたのでいきなり声を掛けられてびくっと肩が跳ねた。
「あっ、はい。ど、どうかされましたか??」
少し声が裏返りながら相手方に振り向いてみると、ホワイトのボアジャケットとそれに合わせたニット帽、赤の丸ぶち眼鏡がチャームポイントなマスク姿の女性がちょこんと立っていた。
あれ、この人――
「お仕事中にすいません。わたし、この前助けていただいた……」
「……あぁ、あの時の??」
あの時の春らしい服装じゃないからかパッと見た時の雰囲気は変わっているものの、その眼鏡とマスク越しでもわかる整った容姿。
少し緊張しているのか強張っているように見えるが、間違いなく俺が数日前に助けた女の子だ。
あー、と相槌を打って、ボヤっとしていた頭を回転させてあの時の記憶を掘り起こす。
確か、小さな切り傷に対してその倍近いサイズの絆創膏を手渡してしまったような……
「怪我は大丈夫でしたか??」
「……え、えぇ。当たっただけのようなので血もすぐに止まって、痕もなくなりました」
そう言うと、彼女は右手をひらりとボアジャケットから覗かせる。
そこには手渡した無骨な絆創膏はおろか小さな傷痕すらなく、寒い日でもシルクのように滑らかな手があった。
俺みたいな荒れた手ではないので素直にきれいだなと思ってしまう。
「それはよかったです。こちらも慌てて絆創膏渡しちゃったので……。サイズだいぶ大きかったんじゃないですか……??」
「い、いえ……!!おかげで気が付かず服に血が付いくこともなかったので本当に助かりました!!」
そう言ってくれるとこちらとしても少しホッとする。
ダサいとか思われていたら、二度と女の子にものを渡すことができなくなっていたところだった。
女の子の言葉は平凡大学生を軽く殺めることができるくらいの力を秘めているのだし。
「実は今日はお礼に……」
「お礼??」
「本当であればその場でできたらよかったんですけど、仕事があってすぐ電車に飛び乗ってしまったので……」
律儀なことに彼女は出勤しているかもわからないバイトのために、ホームの人混みをかき分けて俺の探してくれていたらしい。
その行動力には目を見張るものがあるけど、どちらかというと申し訳なさの方が勝ってしまう。
彼女はそう言うと、後ろに回していた左手から小さな赤い紙袋を取り出した。
放っている艶や質感、小さく入ったロゴも俺が知らないだけで安物ではないのが一目でわかる。
「こ、これを……??」
「はい。気持ちばかりですが、よろしければ……」
あまりの急展開に頭が追い付かず、困惑してしまう俺だったが無理もない。
友人がいなかったせいでプレゼントをもらう機会なんてなかった俺に、こんな美少女からのサプライズを冷静に受け止めることなんてできるわけがない。
わたわたと情けない姿をさらしているが彼女は気にする素振りもなく、マスクから覗く頬を桜色に染めて、すっと丁寧な所作で俺に差し出してくれた。
生まれて初めての女の子のプレゼント、まさか今だとは。
初めての出来事に嬉しさもあったけど、タイミングの悪さに俺は神を恨んでしまった。
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