第36話:ユリカとひとつに!?――巫女の魂を救え!

俺たちは、異形たちを追うように通路を走った。


奥へ行くにつれて、ナティラの持つ灯具とそっくりな明かりが、壁に等間隔で並んでいた。

そのかわり、天井や床を走っていた青い光は、いつの間にか消えていた。


全体が青く光っていたさっきまでと違い、暗い場所はより暗く、影が濃くなる。

通路の幅も広くなっていて、壁の灯りが届かない空間が、じわじわと増えていく。


――深い穴の底に突っ込んでいくみたいだ。


空気は冷たい。なのに、背中にじっとり汗が滲んでいる。

走ってるせいじゃない。


――俺は、怖いんだ。


「巫女ユリカ!」


ナティラが叫ぶ。


そこは、円形の広場だった。天井の高いドーム。

その中央に、ユリカがいた。


両肘を吊られたように高く上げて、ぐったりとうなだれている。

まるで操り人形のスイッチを切ったみたいだった。


「おい、ユリカ!」


返事はない。


右の通路から、黒い異形が一体、こちらへ走ってくる。

一瞬のうちにユリカに飛びかかり――そのまま、体内へと染み込んでいった。


「やめろぉ!!」


叫んで、俺は異形に拳を叩き込んだ。

黒い塊は散った。けれど、さっきみたいな手応えはなかった。


ユリカの体が、びくんと震える。


「これ、侵食されてる……!とにかく、回復を!」


ナティラが呪文を唱えると、後頭部が淡く発光した。

その手がユリカの腕に触れた瞬間、黒い血管のようなものが、肌の下を這い回るように浮かび上がった。


「……ッ!」


闇の中に、何かの気配を感じて顔を上げた。

そこに――


闇が濁り、固まったような男が立っていた。


言葉もなく、ただこちらを見下ろしている。

その体から、風のような、けれど意志のある何かが吹きつけてきた。


俺は、思わず一歩下がった。


「……ヴォルト」


キーマンの声が低く響いた。


「お久しぶりですね。キーマン様」


その声は、妙に耳に心地よかった。低く、通る響き。

だからこそ、ぞっとした。


「あの眷属を倒したのですね。さすがです」


「……これは、何の真似だ」


キーマンの声が冷たくなった。


ヴォルトはにやりと笑った。口元が、耳まで裂けそうなほどに。


「巫女を依代にしているのです。あなたも喜ぶべきでしょう」


次の瞬間、キーマンの体が霞んだ。

十手のような武器が、ヴォルトの胸元を貫こうとする――が、そこにはもう誰もいない。


「俺より、巫女ユリカでは?」


背後から声がして、俺は振り返る。

ヴォルトは影の中に立っていて、鉤爪のようにした両手を胸の前で合わせた。


キーマンが、両目の眼帯を外す。

その瞳は、合わせ鏡の中に永遠を閉じ込めたような――灰色の光を放っていた。


「……素晴らしい。神の子孫よ」


ヴォルトは、まるで礼儀作法のように、深く一礼した。

そして次の瞬間、床のあちこちを何本もの影が走り、キーマンへと迫った。


影はキーマンに触れる直前に霧散した。

キーマンの武器が火花を散らした。ヴォルトも短剣を握っている。


俺はそこまで見届けると、もうそっちを振り返らなかった。


ユリカが目の前にいる。

その体には、どくどくと脈打つ黒い血管がのたうっている。

ナティラが歯を食いしばりながら、回復術をかけ続けている。


「縛られてる……わたしの術じゃどうしようもない……!」


「なにができる?」


「ナレくん……触れてみて。巫女ユリカの奥に潜って」


俺はユリカの腹に触れた。ここしかないと思った。


「わたしは、この束縛を解いてみる」

ナティラはポーチを下ろして中を探り出した。


――どうすればいい?


自分に問いかけると、すぐに答えが浮かんだ。

巨人の水中都市で、クヴァとガルを受け入れたあの時。


心を開き、他者と一体になる感覚。

俺は目を閉じ、集中と散漫の中間のような、あの独特の感覚を再現した。


世界がふっと軽くなる。境界が曖昧になり、自分が広がっていく。


――ユリカ……いた!


闇の中に浮かんでいる。

まるで、湖の暗い水底のような深い深い暗黒。


その中に一点、かすかに光るユリカの幼い肢体。


「ユリカ……!」


声をかける。でも反応はない。


俺はユリカの体に手を回し、抱き寄せた。

その足は冷たくて、固くて、けれど生きていた。


「……ユリカ、俺にできることがあるなら、教えてくれ……!」


俺とユリカの体が弾けた。

水風船に針を刺したような、突然の破裂。


闇に溶け、混じり合う。


重い。思ってたよりずっと。


ああ、そうだよな。俺の中では、まだ子供みたいな感覚だった。

でもユリカは、炎の巫女なんだ。俺より強くて、重いものを背負ってる。


真ん中に、じくじくと膿のように巣食っているものがいた。

俺はそいつに意識を向けた。動かないユリカごと。


そいつが爆発的に広がり、俺たちを包むように迫ってくる。


ユリカを守らなくては――


自分の体を使って、ユリカを守る。

そのイメージが魂を動かし、俺たちはひとつに混ざり合った。


男でも女でもない、スラリとした中性的な姿。

赤い髪に黒い瞳。手足には水かき。耳の後ろにはピンクのエラがある。


暗黒の精神世界で、

俺はユリカの魂を背負って、異形と対峙した。

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