第13話:女の子を助けるのに理由なんて……必要!

……静かだ。


あまりに静かすぎて、夢の中かと錯覚する。

目を開けても、白くやわらかな光が広がっているだけだ。

どこにも光源は見当たらないが、全身がほんのり照らされている。


――天国かな?


一度は言ってみたかったやつ。すぐ否定するのが様式美だ。


「……おーい……」


声もよく響く。

体は布に包まれていて、やわらかく支えられている。

熱さも冷たさも感じない。世界に溶け込んだみたいな感覚だ。


潮と花の香りが、ほんのり鼻をかすめた。


――さて、今回はどこに転がり込んだかな?


数えて何度目かの目覚めイベント。そろそろ俺の人間力、カンストしてる気がする。


静寂。風も水音もない。完全に密閉された空間。


上体を起こすと、白い布が肩から滑り落ちた。

天井はなめらかにカーブしていて、壁は半透明。外には、青い揺らめきが広がっている。


……分かった。ここ、巨人の家だ。


光は下から届いていて、天井に反射して部屋全体を満たしている。

まるで高級ホテルの照明演出だ。泊まったことはないけど。


壁際には薄いカーテンが漂い、家具がぽつぽつと配置されている。

俺が寝ていたのは、繭みたいなベッド。円卓の上には布と、水晶のような石。


部屋の中心には、青く透き通った柱がある。

中を泡と光がゆったり流れていて、見るからに通路っぽい。


その上部から、水かきのついた足がふわりと現れた。


クヴァ=ソンが、柱を通ってゆっくりと降りてくる。

水をまとったシルエットが、静かに床に立った。


膜か何かで水を抑えているのか、服も髪も濡れていない。


――技術か、魔法か、それともこの家が生きてるのか。なんでもありだな。


「目覚めたか」と、クヴァが言った。


濡れたようなコバルトブルーの瞳が、まっすぐに俺を見る。


「……おはよう。俺の世界ではこう言うんだ」

「なんと返せばいい」

「同じように」

「……おはよう」


エラがふわりと揺れる。笑った?たぶん。


クヴァがそばに来て、しゃがみこんだ。


「マナスは正常。身体も問題ない。助けられなくて、悪かった」


「ちゃんと助けてもらったよ。ありがとう」


何度目だろう、この命の借り。空気も、時間も、気持ちも分けてもらってる。


クヴァは黙って、視線を落とした。


「俺、行かなきゃ」


「行く、とは」


「地上。アマヤを助けに。……見たんだ、彼女のいる場所を」


「ショロトルが見せた」


「ああ。巫女を救うことが、ミマルグチャを救う条件らしい」


クヴァは、重くうなずいた。


「ショロトルに会ったのか?」


「会った。俺の世界の幼馴染の姿だった。ちょっと、君に似てた」


「……そうか」


しばらく無言。クヴァのエラが張って、ぴんと止まる。


「ガル=ソゥグにも伝えた。お前が見た場所を示せ。我ら、ともに行こう」


「ありがとう」


「どうやって行く」


「ショロトルが道を示した。ちょっと面白いぜ」


「わかった」クヴァは淡々とうなづいた。


本当に、不思議だ――


異世界に来て、命を拾って、今は女の子ふたりを助けに行こうとしている。


まるで、ヒーローみたいじゃないか。


ショロトルの言葉が、ふと思い出される。


「我の修正を受け入れて、活用する」


神様直々にそう言われたら、もう……そういう役回りなんだろ。


なら、言うしかない。


「女の子を助けるのに、理由なんて……必要ないだろ」


クヴァの目がわずかに見開かれ、それから静かに立ち上がる。


差し出された手を取り、俺も立ち上がった。


青い柱を通り抜けて、天井の部屋へ。

下の部屋が祈りの場なら、ここは生活の場だった。

キッチン、大きなテーブル、仕切りのある壁。


「少し待て」


隣の部屋から戻ってきたクヴァは、服を抱えていた。


「我が幼体の頃のものだが、合うだろう」


パンツ一丁だった俺、無言でガッツポーズ。


上着は黄色の布に青い流線模様、長ズボンとフードつき。

紐で調節できる作りで、俺でも無理なく着られる。


「これも」


革のベストと靴。それに、最後は短剣まで。


「地上に行くとき使っていた。役に立つ」


「……ありがとう」


短剣の鞘を背中側に装着して、装備完了。


「我も準備してくる」


クヴァが奥へ引っ込んでいった。


俺は息をついて、丸椅子に腰を下ろす。


――アマヤ、待ってろよ。


今、助けに行く。


◆◆◆


キノコの化け物が、襲ってくる。


「んん……んんんんん!」


アマヤは必死で声を上げた。

拘束されたままでは、何もできない。


火の粉が舞い、ぬらりとした影が森に跳ねた。


――来てる。もう、四方から。


地面に背を預け、仰向けのまま見上げる空は、青白い胞子の霧に覆われていた。

音はないのに、肺にのしかかるような重さがある。


(右前方、黒面の少女。左にイタチとウサギ。背後にキツネ。大きな猫は三匹……見えない)


爆ぜる胞子の向こうから、肉が裂ける音と刃の返しが重なる。


「右、二匹来る!」


「抑えろ。暗虎を分けるな!」


黒面――あの少女の声が響く。仮面が視界をかすめ、跳ねていく。

それに合わせて、影の一体が走る。暗虎が、胞子の塊へ突っ込んだ。


足音。すぐそば。

たくましい腕が、アマヤの身体を軽々と抱え上げた。


「動くぞ」


狐の仮面――キツネ。

たぶん本名じゃない。この先、知ることもないだろう。


「んんんん!」


「静かにしろ。あんたに死なれて困るのは、こっちなんだ」


両手首も足首も、完璧に縛られている。

微塵の緩みも、見当たらない。


――でも、いまは雨上がり。


アマヤは喉の奥で、そっと術を唱える。


空気中の水分を集め、指先に細い水の糸をつくる。

それを縄の内側へと染み込ませる。

繊維が、ぷくりと膨らみ、はじける。


(よし。足首も――)


だがその瞬間、キツネの手がアマヤの手首を掴んだ。


「嬢ちゃん、それはいけねぇや」


――感じ取られた。


彼らは、識心の動きが分かる。

術の流れが乱れ、足首の縄は解けなかった。


と――


体が、ぐらりと揺れた。

キツネの体勢が崩れ、アマヤの身体が地面に投げ出される。


目の前に現れたのは――

茶色く、ぬらぬらとした粘体。

キツネの足から這い上がり、粘膜のようなものを這わせていた。


接触点から、血が吹き出す。


「逃げ……ろ……!」


アマヤはまず、足首の縄を断ち切る。

水の糸を走らせ、繊維を断つ。


(助けなきゃ――)


地を蹴って駆ける。キツネのそばへ。

粘体はすでに腰まで達していた。


アマヤは手を当てた。

その瞬間、触手のような突起が腕に巻きつく。


「っ……!」


そこへ森の地面が隆起し、いっそう巨大なヌマヒルダケが姿を現わす。

だが、ひるんでいる暇はない。


アマヤは声に出して術式を唱える。

リズムと抑揚に合わせ、水分が粘体から滲み出る。


次の瞬間、水が爆ぜるように吹き出した。


ヌマヒルダケが苦悶するように身をよじり、みるみるうちに萎びて、しわしわに崩れ落ちる。


水飛沫に包まれながら、しばらく呼吸を整える二人。


「……ありがとな」


全身を血で濡らしながら、キツネがかすれた声で言った。


アマヤは、ただれて血を流すキツネの体に触れた。

独特のリズムと抑揚を持つ呪言を口にする。言葉というより、水のざわめきのようだ。


アマヤの背後、後頭部のあたりに、淡い光の塊が生まれた。

すると、キツネの傷が目に見えて癒えていった。


「……あんた」


アマヤは口角をほんの少し上げて、ただ一度うなずいた。

キツネには、その表情は悲しげにも見えた。


水の巫女は傷ついた暗殺者に背を向け、森の奥へと――駆けて行った。

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