第12話

昼食休憩をはさんだ研修は、どの部署も滞りなく終わったらしい。

その日はよく晴れていて、夕食のバーベキューを始める頃には、あたり一面の星空を楽しむことができた。



直『うわぁ…すっげえなぁ』

増「ほんとだねー。はいチャマ、こっちの野菜焼いてね」

直『空ばっか見ちゃって、首が痛くなりそう』

増「そうだねー。骨付きチキン、そろそろ火が通ったかな」

直『あぁマジで綺麗。携帯のカメラで撮れる?やっぱ無理かなぁ』

増「うわやべ、かぼちゃ焦げてる」

直『あぁもう俺、ここでずっと星見てたいよ…』

増「…升さん、トングでどついてもいい?」

升「やめとけ」



笑いながら小瓶のビールを飲む升さんと、汗だくでいろんな食材を焼いているヒロ、そして俺。

バーベキューの立役者は、自分で食べるひまもないほど忙しい。



増「あれ?おにぎりどこだー。最後に焼こうって言ってたやつ」

直『おにぎり?そんなのあった?』

升「あぁ、なんか昼間女の子たちが作ってたぞ」

増「ってことは…女子部屋?コテージの」

升「あっちかぁ。遠いな」



今回の研修に参加しているのは、基本男性ばかり。

女性は4人か5人くらいしかいないので、大きめのコテージを女子部屋として使っているんだ。



増「結構距離あるよね。めんどくさいなぁ、もう」

直『あ、じゃあ俺行ってくる』

増「え?いいの?」

直『いいよ。今までぼーっと空見てたお詫び』

升「へぇ、自覚あったんだ」



とか言って、コテージまでの往復でもっと星が見れたらいいな、って魂胆なんだけど。

どうやら2人には感謝しかされていないようなので、これ幸いと抜け出した。



直『…ほんと、綺麗だな』



ひとりで歩きながら、なんだか心が洗われていくような気がした。

ここしばらく、あまり空を見上げることもなかった。

だってそれどころじゃなかったから。


課長への想いに自分で振り回され、課長の言動に一喜一憂して、結局自爆してしまった、最悪の夏だった。

そりゃ、何も言わない課長も恨めしいよ。でも俺にももっと出来たことがあったかもしれない。



直『課長も…この星、見てるかな…』



なんとなくそう呟いた時。小道のすぐそばの茂みが、ガサガサっと音を立てた。

びっくりして、思わず後ずさる。



藤「…直井」

直『あ、え…嘘。なんで課長が…?』

藤「星、きれいでさ。そこで見てた」



そう言うと、課長はいつものメガネをはずした。茂みに分け入り、どんどん林の中へと入っていく。

でもどうして、よりによってここに?と思ったけど、もう聞く気にもなれなかった。



直『…あの、課長。大丈夫ですか?危なくないですか?』

藤「大丈夫だよ。ほら、すごいだろ。ここから見てみろよ」

直『うわぁ…!!』



思わず息をのんだ。

今まで見あげていた星空も綺麗だったが、ここから見えるのはそれだけじゃない。



直『すげぇ!すげぇ、こっからだと、ふもとまで全部見えるんだ!』

藤「ああ。星空が上で、町のあかりが下。いいだろ?」



にっこりと笑う課長を見て、俺はほんの数か月前までのことを思い出す。


あぁ、そうだ。

胸をしめつけるような、こんな気持ち。


俺はこの人のことが、本当に本当に大好きだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る