side藤

第22話

―――――――――――

―――――――――

――――――

―――




しばらくの間、室内には荒い呼吸音だけが響いていた。

ぐったりと床に横たわる由文。

静かに身体を起こし、手で顔を覆うヒロ。



増「チャマ。大丈夫?」

直『…うん』



紅く咲いた首筋の跡は、俺には覚えがなかった。

今ヒロが付けたのか、それとも升の証か。



増「タオル持ってくる。洗面所にあるよね」

直『ん』

増「それで…落ち着いたら、少し話さない?」

直『話…?』

増「…ちょうど、役者も揃ったことだし」



その言葉に、由文がハッと顔を上げた。

俺と升がいることにようやく気付いたのか。


俺の名前を繰り返していたくせに、そんなにヒロは良かったのか。



直『あ…あ…』



唇がふるえるのが見えた。

幽霊でも見たかのような、信じたくないと言いたげな、傷ついた眼。



藤「…由文」

直『なん…ぃ、ど、どこっ…』



なんでここにいるんだ、か?

いつから見ていた、か?

どこまで知ってる、か?



藤「全部だよ」



その一言で全てが伝わったようだった。悲鳴のような叫びを上げて、自分の頭を抱え込む。

咄嗟に近づこうとする升を、ヒロの手が阻む。



直『藤くん…秀ちゃん、…ごめん…』



何に謝ってるんだろう。


おまえ、本当に俺を選んでくれているのか。

再会は間違いだったのか。

高校の頃の想い出は潔く封印して、もう関わり合わない方が良かったのか。



直『ごめんなさいっ…みんな、本当に…俺が悪いんだよ!俺がちゃんと、しっかりしてれば、こんなことには…!』



あの夜、どうして俺に連絡先を教えた。来るかもしれないと思いながら、住所まで教えた?


あの頃、俺がちゃんとおまえを突き放さなかったのが遠因なのか。

升のことが大事なんじゃないのか。


どうしてそんな目をする?

おまえが好きだと言う俺は、もうこんなに独りよがりで、おまえを苦しめるだけの存在になってしまっているのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る