第22話
藤「矢文…?」
増「そう。名乗りもしなかったけど、ただ役職だけは教えてくれて。“升秀夫はいるか”って。幕府側で矢文の作成を任されていた人だって言ってたよ」
あの日、死を覚悟した2人の前に現れた敵兵は、升の名を出してこう言ったという。
――天草の総大将・益田四郎時貞への助命嘆願、幾度も読ませてもらった。あれほどの志を無下には出来ない…この場は見逃す。若者よ、生きよ。
藤「しかし、“天草四郎”の死は?」
直『全て燃えれば問題ない。実際そうだった』
藤「まさかそのために火を放ったのか?」
増「そこまでは知らないけど」
その時、ずっと黙ったままだった升が口を開いた。
升「俺のやったことは…間違っていなかったのか」
増「うん。最後の最後で、すごく効いたよ」
直『ね』
藤「…そもそも、矢文ってどんな物だったんだ」
ふふっと笑い合う3人と、仲間はずれにされているようで少し不満顔の四郎。
でも、こんなふうに拗ねたりできるのも4人揃っていてこそだ。
直『升はね、原城に立て籠もった直後から籠城戦の不利を悟ってたんだ。だからこっそり矢文を使って、藤くんの助命を幕府側に打診してた』
藤「助命…」
直『そう。天草四郎が総大将となった経緯と、その神秘性。生かしておけば必ず乱鎮圧後の人心掌握に役立つ人間だから、って。そう書いてた。だよね?』
升「いや、そこまで格好良く書いてはいないけど」
困り顔でそんなズレた弁解をする升を、由文が『いいじゃん、そこは乗っかっておけよ!』と笑い飛ばす。
その横で一緒に笑っていた弘明が、急に真剣な目になった。
増「ありがとう。藤くんを守ろうとした俺たちが、結局は升に助けてもらった」
升「…俺は…、俺は何もしていない」
直『そんなことない!升は弘明と俺を助けてくれた!』
升「死ぬ覚悟であそこに残ったのはおまえらだろう!」
増「でも考えようによっては、あの後もずっと藤くんを守り続ける役割を背負った升の方が、よっぽど大変だったかもしれないよ?」
藤「…そうだな」
言い方は悪いが、死に逃げという言葉もある。
生きる、ただそれだけのことがこんなに大変なことだと、色々な意味で実感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます