第一章

第2話

直『おーい、藤くーん!』

升「連れてきたぞー!」



よく晴れた丘に少年の声が響いた。

海は穏やかに輝き、近隣の漁師たちが出す船があちこちに浮かんでいるのが見える。



増「…よろしくお願いします」



元気いっぱいの2人とは対照的に、緊張しているのか細くて小さな声。

武家の子にしては華奢で、全体的に色も線も薄い。


3人が足を止めたのは、草の上に座っている同じ年頃の少年の前だった。



直『弁当持ってきた。藤くんも食べよう』

増「…あの。そっちの人、どうかしたんですか?」

升「呼び方が気になるんだろ」

直『大丈夫大丈夫、べつに怒ってるわけじゃないから』



そう言うと、よく日に焼けた2人は竹の皮をほどいた。中から握り飯が出てくる。



増「水を汲んできます」

升「じゃあ一緒に行こう。近くに沢があるから」



再び立ち上がって歩き出す背中を、ずっと黙ったまま座り込んでいた少年が視線で追った。



直『そう、よく見ときな。あれが増川の息子だよ』









時は寛永8年。


徳川幕府が開かれてから四半世紀が過ぎ、日本はようやく平和を取り戻しつつあった。

この土地はもともとキリシタン大名・小西行長の領地だったが、関ヶ原の戦いで小西家が取り潰されて以降、治政者がかわった。



直『…呼び方、かえた方がいい?』

藤「いや」



彼は、小西家の元家臣団筆頭・益田好次の長男。…ということになっている。



直『増川の人間でも知らないんだね。きみが、あの立花宗茂公の御落胤だってこと』

藤「おまえと升が例外なだけだ。ことが露見すれば、私だけでなく父の首も飛ぶ」

直『…うん』

藤「おまえがせっかく考えてくれたんだ、呼び名はそれで良い。しかし私は益田家の嫡男、四郎だ」



生みの母は、立花家へ奉公に出ていた若い女中。

生後間もなく闇に葬られようとしたところを、生まれたばかりの長男を亡くした益田好次に拾われた。



藤「…益田の父は、私の命の恩人だ」

直『そうだね。藤くん』





大友の流れをくむ立花は、系譜を遡れば藤原の名に行き着く。

立花と呼ぶことは許されない。でも、だからこそ。



「御落胤などという大層なものではないよ」と微笑む彼に、なんとか出自を誇りに思ってもらいたくて、少年が必死で考えた愛称だった。

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