三章  売られた戦争(ケンカ)は買いまっせ 其の一



「女王陛下、ならびに四騎士団のご武運を心からお祈りしております。われらが女王に神のご加護があらんことを……」

 一連の謀反に対し女王軍との共闘を申し出たグレーザー男爵の見送りをうけて、フランソワーズ率いる四騎士団二千騎と男爵の私兵五十騎とがカナン領入りを果たしたのは、ノースランド領を発ってから三日後のことだった。

 それら軍勢の当面の拠点となる領内唯一の城のカナン城は、この地において王族が静養する際の滞在先として、今から五十年ほど前に建てられた古城である。

 だが、この二十年間ほどは利用する王族は皆無で、それにともない城も、永らく使われないままの「空き城」状態であった。しかし、ここを王侯同盟との戦いにおける橋頭堡と定めたフランソワーズの方針によって、カナン城は今、多数の騎兵軍馬を呑みこんで久方ぶりの喧騒下にあった。

 そのカナン城に拠ること三日目の昼。ランマルは簡単な昼食をすませた後、いくつかの書類を携えて城の最上階にある女王の執務室を訪れた。

 ランマルがその部屋に足を踏み入れたとき。フランソワーズは襟もとが大きく開いた真っ赤なコタルディドレスを着てソファーに座り、そこで一枚の地図らしきものを手にしながら、それを真剣な表情でじっと見つめていた。

 何を見ているんだろうとランマルが訝っていると、フランソワーズはすぐにそれをテーブルの上に投げて側近をかえりみた。

「何か用かえ、ランマル?」

「はい陛下。城内の物資の正確な数量がまとまりましたので、そのご報告に参りました」

「聞きましょう。まあ、座りなさい」

 勧められるままにソファーに腰をおろしたランマルは、従者の武官が運んできた紅茶をひと口すすった後、さっそく報告をはじめた。

 現在、城内に備蓄されている食糧の数量は、二千騎余の軍兵を半年以上にわたって維持できるというランマルの説明をうけて、フランソワーズは微笑を漏らした。

「半年ね。ま、十分すぎる時間よね。もっともこの戦い、そんなに長びかせる気はないけどね」

 そう言って紅茶をすするフランソワーズに、ランマルは入城以来抱いていた疑問を向けた。

「それにしましても陛下。いつの間に準備をされていたのですか? このランマル、まるで気づきませんでした」

「城内ののことかえ?」

 そう応じてフランソワーズは薄く笑った。

 ――あの日。フランソワーズの命令で、訳がわからないままカナン領にたどり着いたランマルたちは、廃墟同然と思っていたカナン城の、内外ともに隅々にまで手入れの行き届いている状態に少なからず驚いたが、それ以上に驚いたのは城の地下庫に足を踏み入れたときである。そこでランマルたちは、予想外の光景を目の当たりにしたのだ。

 剣、槍、弓、矢、それに火薬に油に松明等々といった、およそ戦に必要不可欠とされる武器や道具の数々が、城の地下庫に新品同様の光彩をたたえて大量に保管されてあったのだ。

 否、保管されていたのは武器類だけではない。数百はあろうかという米俵を筆頭に、獣の干し肉に干し魚、干し芋、干し貝といった保存食から、ジャガイモ、カボチャ、ニンジン、大根などの野菜類まで、いずれも樽詰めされたものが庫内一杯に積み上げられていたのである。

 別の地下庫で同じように積み重ねられたチーズの塊とワイン樽を見たときは、「さすがは無類の酒好き女王だ」と内心でランマルは笑ったものである。

 正直なところ、ランマルはこの地にやってくるまで「国都を占拠された今、どうやって物資の調達をすればいいのだろう?」と頭を悩ませていたのだが、庫内に積まれた武器や食料の山を見てそんな懸念も一瞬で吹き飛んだ。

 と同時に、女王がそう遠くない時期に反女王勢力が謀反を起こすことを予期していたことも察した。だからこそこんな辺境の地にある、誰もがその存在を忘れていた古城にこのような備蓄をしていたのであろう。

「何事も転ばぬ先の杖よ、ランマル」

 とは、城内に入り、予想外の光景におもわず声を失ったランマルに対するフランソワーズのまじりの第一声である。

 それを言うなら「備えあれば憂いなし」じゃないのかなとランマルは思ったが、ともかく用意周到な女王のおかげで、四騎士団を要とする女王軍は武器にも食糧にも事欠くことなく王侯同盟との戦いに挑めるのだ。それを考えれば、女王に大きなを向けられても、ランマルとしては「へへー、おみそれしました」と低頭するしかないのである。

 紅茶を飲みつつそんな近過去にランマルが思いを馳せていると、ふいに部屋の扉が開き、甲冑姿のヒルデガルドが部屋に入ってきた。

「おくつろぎのところ失礼いたします、陛下」

「何かあったの、ヒルダ?」

「はい。密かに国都に放った密偵からの報告ですと、カナン城に拠ったわれらの動きを知った反乱軍が国都を発ち、こちらに向かって西進しつつあるとのことです。軍勢を率いるのは先の騎士団長クレメンス将軍とのことで、その数は騎兵と歩兵を合わせて三千余りとのこと。いかが対処なされますか?」

「――陛下!」

 ヒルデガルドの報告に驚いたランマルが視線を転じた先では、やはりフランソワーズも同じように驚いた顔をして――はいなかった。それどころか、その面上には愉悦にも似た表情が広がっていたのである。まるでこの一報を待ち侘びていたかのように……。

「フフフ、ようやく動きだしたわね」

 興がった口調で応じたフランソワーズは、ゆっくりとソファーから立ち上がった。そしてランマルとヒルデガルドを交互に見やり、微笑まじりに語をつないだ。

「全軍に伝えなさい。明日、この城を発ち、叛徒どもを迎え撃つとね」

 その一語にランマルとヒルデガルドは一瞬顔を見合わせ、だがすぐに一礼して応えた。

 いよいよ決戦のときが来たのだ。それは言葉にする必要もないことだった。


     ††††


 翌朝、フランソワーズ率いる四騎士団二千騎は、国都を出たという反乱軍――救国王侯同盟の軍勢を迎え撃つべく、日の出とともにカナン城を進発した。城の守備をグレーザー男爵の私兵たちに託し、一路東に進路をとったのである。

 陣容はガブリエラのタイガー騎士団が先頭を征き、二陣目にパトリシアのドラゴン騎士団、三陣目にペトランセルのタートル騎士団が続き、殿軍しんがりをヒルデガルドのフェニックス騎士団が固めている。フランソワーズとランマルが乗る四輪馬車は、最後尾を征くフェニックス騎士団に囲まれる形で走っていた。

 その馬車内では、ランマルがなんとも不思議そうな目で車内の一点を見つめていた。

 見つめる先にはフランソワーズの姿がある。

 そのフランソワーズ。カナン城を進発してから現在に至るまで、馬車内においてひと言も声を発さず、ひと口も大好きなワインを口にすることなく、ただひたすら自分の膝の上に広げた地図を見つめていた。

 城を発ってから二、三刻の間はランマルも黙ってその姿を見ていたのだが、さすがに不審になり、なぜそんなに地図を見ているのか問いただそうかどうか迷っていると、にわかに「女王陛下に伝報!」という甲高い声が耳を打った。

 偵察に出ていた騎士が一騎、巧みな手綱さばきで二人の乗る四輪馬車に乗馬を横付けしてきたのは直後のことである。

「おそれながら、馬上より女王陛下にご報告申しあげます!」

 その声にフランソワーズは膝の上の地図をランマルに渡すと、自ら馬車の窓を開けて騎士に応えた

「伝報の任、ご苦労。何事ですか?」 

「はっ。先ほど斥候からもたらされた報告によりますと、クレメンス将軍麾下の反乱軍三千は今朝方、アンボワーズ領に到着したとのことにございます。現在、同領内にあるブルーク城に拠り、一帯の支配権確立のために動いているとのことにございます」

「なに、アンボワーズ領にまで!」

 騎士の報告にランマルは驚いた。

 アンボワーズ領といえば、このカナン領の東隣にある領である。つまり同盟軍は、女王軍の目と鼻の先にまで進軍してきたことになるのだ。

 地理的に考えても距離的に考えても明日にも、否、今日にも交戦する可能性があるとあっては、肝っ玉の小さいことでは定評のある(?)ランマルが心身をこわばらせたのも当然であろう。

「ランマル、地図をお持ち!」

「は、はい!」

 ランマルは慌てて地図を手に取り、それをフランソワーズの眼前に広げてみせた。

 その図面上に指先を軽く押しあてながら、右に左に動かしつつ見つめることしばし。やがてフランソワーズは地図から目をはずすと、車外の騎士に命じた。

「わかりました。では先頭を征くガブリエラ将軍に伝えなさい。全軍をこのままアンボワーズ領内にあるウェミール湖に先導するようにと」

「……ウェミール湖?」

 フランソワーズの一語に、ランマルは記憶をたぐって該当する湖を脳裏に探しもとめた。

 それはアンボワーズ領内にある湖のひとつで、南北に一フォートメイル(一キロメートル)、東西に二フォートメイル(二キロメートル)もある大きな湖だ。

 命令をうけた騎士が馬車から離れていったのを見計らい、ランマルが問うた。

「陛下、ウェミール湖に全軍を向けさせよとはどういうことですか? かの湖に何かあるのですか?」

「別にないわよ。ただそこで反乱軍を迎え撃つことにしただけ」

「湖で迎え撃つ……?」

 ランマルにはますます訳がわからなかった。

 湖を戦場に想定していると女王は言うが、こちらには水軍の類はまったくないのである。それどころか渡し船の一隻すら持っていない。それはおそらく同盟軍も同様であろう。

 にもかかわらず、湖で敵を迎え撃つとはどういうつもりなのだろうか?

 そんな疑問を脳裏にめぐらせるランマルの見つめる先で、フランソワーズはふたたび地図に見入っていた……。


     ††††


 女王軍が斥候を使って同盟軍の動きを調べていたように、同盟軍もまた斥候を使って女王軍の動きを探っていた。

 それまで国都に向かって一直線に東進していた女王軍がにわかに進路を変え、ウェミール湖に行軍の舵を切ったことはすぐに同盟軍の知るところとなった。

「女王の軍勢、領境を超えてウェミール湖に進軍。現在、湖畔南に陣を構えたものなり」

 その一報が斥候からもたらされると、ブルーク城に拠った同盟軍の将兵はざわめき、たちまち緊急の軍議が開かれることとなった。

 同盟軍先遣部隊の司令官にして、現在のブルーク城主であるクレメンス将軍は幕僚たちを集め、女王軍の突然の行動について彼らから意見を聞いたのだが、これが各自だった。

「迷うことはない。われわれもウェミール湖に軍を進め、女王軍との決戦に挑むべきだ。わが軍は三千余りと兵力で勝っているのだからな」

「いや、あの油断ならぬ女王のこと。どんな奸計を秘めているかわかったものではない。ここはまずブルーク城に拠ったまま、慎重に女王軍の動向を観察すべきだろう」

「では、いっそ女王軍がアンボワーズ領を出るまで待ってみてはどうか? その間に国都の主力部隊に動いてもらい、領を出たところを前後から挟み撃ちにしたらどうだろうか」

 と、さまざまな意見が幕僚らから出され、結論はなかなかまとまらなかった。

 ひとつには、議論のまとめ役であるクレメンス将軍自身に迷いがあったこともある。意見を交わしあう幕僚らの声を耳にしながら、将軍は内心でうなったものである。

「ううむ、あの女狐め。ウェミール湖に軍を進めるとはいったい何を考えている? 軍船など持っていないはずなのだが……」

 クレメンス将軍個人の率直な気持ちとしては、今すぐにでも敵が陣を構える湖に進軍し、騎士団長の地位を自身から剥奪した面憎い女王を完膚無きまでに打ちのめして、自身がうけた屈辱を晴らしたい気持ちでいっぱいなのだが、一方で、用心深い性格から【慎重居士】と評される人物だけあって、女王軍の奇妙な行動には自軍を陥れる「裏」があるのでは考え、進軍の号令を出すことに躊躇をおぼえるのだった。

 だが結局、その日のうちにクレメンス将軍は湖への進軍を命じた。それというのも国都を進発する際、総司令官たるダイトン将軍から、

「女王が軍勢を率いてきたらすぐに決戦を挑み、さっさと蹴散らしてしまえ。戦いを長引かせては、同盟内から離反する貴族や将軍が出るやも知れぬからな。そうなる前にあの小娘めを討ち取るのだ!」

 という命令を秘かに受けていたので、クレメンス将軍としては女王軍の動向を、悠長に静観しているわけにもいかなかったのだ。

 かくしてクレメンス将軍を主将とする同盟軍先遣部隊は、二百人ほどの守備兵を残してブルーク城を発ち、一路ウェミール湖へと進軍していったのである。

 女王軍が湖畔の南端に陣を敷いたという一報が入ってから、時間にして三刻後のことであった。

     

    

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