第12話 忍び寄る魔の手

 依頼を受けたクロウは、その日の夜、天城滅也てんじょうめつやの家に向かっていた。


 クロウは依頼された日に暗殺を決行する即決即殺を信条としている。その場のライブ感を何より重視しているからだ。


 血生臭い少年時代を送ってきたクロウは現場での自らの勘を頼りに生き抜いてきた。


 勘は時間が経つと錆びていく。依頼を受けたその日の勘で動くことが望ましい。


 加えて入念な事前調査を必要としないのは、本人の長年の経験とS級探索者としての実力により、覚醒してから今まで誰1人逃すことなく暗殺を完遂しているという自負によるものだった。


 


 クロウは移動しながら渡された書類に目を通す。


 峰利みねかがから受け取ったデータにはもちろん天城滅也の住所も記載されていた。


 両親はおらず、一軒家に1人暮らし。


 暗殺には最適な状況だ。


 足音を消し、点々と立ち並ぶ住宅の屋根を飛び渡りながら目的地まで行く。


(もう少しで家があるはずだ)


 そろそろ目に映るだろうと、ことさらに大きく飛び跳ね、天から数多の住宅を視界に映す。


(あそこか)


 意識せずとも目につく、昔ながらの日本家屋。


 普通の住宅よりも何倍も広く、まるでド田舎に存在する大きな屋敷のような様相を呈している。武家屋敷にも似た構造だ。


 クロウは複数の民家の屋根に足をつけながら、目的の屋敷の上空へ位置していく。


 屋敷の正面に閉じられた門があるが、当然そこを通ることはなく、空から敷地内へ侵入。


 音が鳴ってしまう周りの砂利を踏まないように石畳で出来た道に降り立ち、屋敷へと続くその道を渡って扉の前に立った。



 扉は古臭い引き戸だ。



 手で触って鍵の有無を確かめる。


(鍵はかかっていない。不用心な男だ)


 発せられる音を最小限に保ちながら引き戸を開け、クロウは中に入っていく。


 入り口に玄関があり、そこから一直線に細い通路が伸びている。


 その通路を少し歩き、部屋があるであろう左手にあるふすまの中を隙間から覗き見る。



 そこから見えたのは非常に大きな居間。



(この奥から人の気配がするな)



 暗殺者としての嗅覚が人の気配を嗅ぎつける。


 静かに襖を開き、居間の中へと進む。


(さて、どこにいるかな)


 部屋をじっくりと見渡す。気配を感じるのは端の部分。


 この居間のわき。長方形の部屋に存在する一つの出っ張り。そこに小さな部屋が同居しており……



 ――天城滅也はその部屋にいた。



「ぐごー、ぐごー」



 既に夜ということもあり、布団から足を放り出してぐっすり眠っている。


 クロウは慎重に気配を消しながらこの居間を通り抜け、開かれた個室で寝ているターゲットの下に忍び寄る。


 天城滅也を上から見下ろし、時を置かずに暗殺の準備をする。



(楽な仕事だったな)



 右手の袖から短剣を取り出す。



(心臓を一突き。それで終わりだ)



 特に感情を動かすこともなく、クロウはターゲットの胸に剣の照準を合わせる。



 そして速やかに殺害しようとしたその時――





「――おい、殺気が漏れてるぞ?」

「っ!」



 ――目の前の男、天城滅也がいきなり言葉を発した。



(こいつ……!)



 クロウはそのことに驚き、即座に天城滅也と距離を取る。



 天城滅也はのっそりと立ち上がり、あくびをしながらクロウの方へと歩いてきた。



「驚いたな。俺の気配に気付くとは」

「長年魔物と戦ってきたせいか、そこら辺には敏感なもんでね」


 天城滅也は肩を回しながら薄ら笑いを浮かべる。


 その態度を受け、クロウは自らの体に警鐘を鳴らす。


(S級探索者に覚醒してから俺の気配が気づかれたことは一度もない……)


 殺気を漏らしていたという自覚すらなかった。


 自らも認識できていない、そして今まで誰にも察知されなかった気配に気づかれたことは、クロウにとって驚くべき事実であった。


 


 クロウは即座に戦闘モードへと頭を切り替える――

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