第32話 悪人の末路

 天城滅也との激闘から1時間。


 

「ぐ……うぅ」


 しばらく気絶していた桐島は、足やお腹の痛みに耐えかねて覚醒する。


「なに……が――っ!」


 起きたばかりで何があったのか理解できないでいた。


 ――ただ、脳が冴えていくと同時に呼び起こされる記憶。


 雑魚だと思い込んでいた天城滅也に惨敗。


 斬撃も、剣も、自らの最終奥義すらも完封され、あっさりと気絶させられた事実。


「そんなはずはない……!」


 ありえないと頭が叫ぶ。


 自分は日本最強の探索者なのだと。どこぞの蛮族に遅れをとるような人物では無いと。


 そう自分に言い聞かせる。


 ただ体が紛れもなくそれは現実だと訴えてくる。


 顔や体の痛みに加え、全く動かすことが出来ずに常に激痛を訴えてくる両足がその現状を如実に語っていた。


「とにかく……回復せねば」


 手を動かし、必死に地を這って移動を試みる。


 認められない。こんな結末あってはならない。


 奴はなんとしても……ならない!


 なんとかして人を呼ばなければ!


 桐島は強く感情を動かし続ける。



 ――ただそんな桐島の考えを嘲笑うかのように、非情な事態が訪れる。




「――諦めるのだわよ」

「っ! だれ――貴様は!?」




 唐突に降り立つ影。


 何者だと顔を上げると、そこにはとある女が立っていた。


 所々に鎖のアクセサリーを身につけた女。


 毅然としつつ、こちらを酷く蔑むような視線を向ける顔はしっかりと記憶に残っている。


「影川……!」


 S級探索者。影川真帆かげかわまほ



 治安維持のために特別な事態が起きた時に対処する役割を担う組織、【探索者特別監査院】の筆頭である。


 滅多に動かない組織であり、あまり民間にも知れ渡っていない。


 影川真帆自身の名は知られているものの、市民からは普通のS級探索者としてしか認識されていないのだ。


「なんで貴様がこんな所に!」

「ムカつく奴をひっ捕える絶好の機会と聞いてきたのだわ」

「ぐぅぅうう!」

「やらかしたのだわね。他人を見下してるからそうなるんだわよ」

「ふざけるなぁあ! これは何かの間違いだ! 僕が負けるなんてありえなああい!」

「往生際が悪いんだわよ」


 影川は呆れた顔でそう言葉を溢す。

 

 だが桐島は影川の態度などなんとも思っていないようで、ただ自分の言いたいことだけを叫んでいた。


 影川はドローンのような魔道具を使い、桐島に今の世間の反応を映し出す。


 そこには天城滅也を称賛する声と桐島才人への失望、落胆、怒りの声が羅列されていた。


「これが今の民衆の声だわよ」

「そ、そんな……」

「この一件でお前の評価はどん底なのだわ」

「ありえない……! あってはならないこんなこと!」

「事実なのだわ」


 影川は魔道具をしまい、また桐島を見下ろす。 


「おい! 僕の体治せぇええ!」

「治すわけないんだわよ」

「言うことを聞け! 今すぐ奴の所に行って――」

「『ロック』」

「ぐはぁああ!」

「探索者特別監査官の権限であなたをひっとらえるんだわよ」


 影川の能力の一つ、『ロック』を使用し、桐島を鎖で巻きつけ動けないようにした。


「ぐぅ……引っ捕えるだと! そんなことやっていいと思っているのか!」

「今まで好き放題やってきた報いだわ。それにお前は決闘でありながら天城滅也を明確に殺そうとしていたのだわ。それだけでも問題。お前が勝っていればどうにでも対処出来たのかもしれないのだわけど、あっさりと負けてしまったのだわ」

「待てぇ! 僕がいなくなるのは日本の損失だぞ! 僕が大量に供給してきた魔石はどうなるぅうう!」

「知らないんだわよそんなの。それにお前1人いなくなったくらいで国がすぐ揺らぐなんてことないんだわ。あいにくお前より強い探索者が発見されたのだわよ」

「あんな奴は偽物だあああ!」

「現実を受け止めるのだわよ」


 呆れを超えて哀れな表情で影川は桐島を見る。


「安心するのだわ。殺しはしない。ただ……これから先の人生は地獄だわよ?」

「やめろぉおおお! 僕を助けろぉぉおおお!」

「うるさいんだわよ。口も閉じておくのだわ。『ロック』」

「んーーー! ん、んーー!」

「じゃ、行くのだわ」

「んーーー!!」


 巻きつけた鎖を引っ張って桐島を引きずる。


 こうして日本最強のS級探索者は輝かしい未来を失うことになったのだった。




 ◇




「なんということだ……!」



 ――ドン!


 全力で自分の机を叩いたのはダンジョン省の大臣、峰利権蔵みねかがごんぞうだ。


 先程桐島才人の配信を見終え、そのあまりの展開に怒りが爆発していた。


「大見え切った挙句に失敗するとは! どう責任を取るつもりだ!」

「君が取るんだよ」

「!?」

「失礼する」


 突然部屋に入ってきたのは1人の男。峰利もよく知っている人物であり、次期ダンジョン省大臣の席を狙っている者であった。


「今回の騒動で君の名は地に堕ちた。よってダンジョン省の大臣を辞職してもらう」

「っ! ふざけるな! そんなのは桐島1人に責任を押し付ければいいだけの話だ!」

「決闘の許可を出したそうだな?」

「ぐっ!」

「世間に公表してしまったんだ。君への責任が追及されないわけがないことくらい分かっているだろう? そうでなくとも君には様々な余罪が発見されている。大臣のみならず、政治家生命の終わりだよ」

「はぁ!? 余罪だと! そんなことは俺たち政治家は誰だってやってることだろう!」

「そうだな。そこは否定せんよ。だがな……君はやりすぎた。S級探索者の敗北。そしてその決闘の許可出したことはあまりにも大きな汚点だ。だから消えてもらうのだよ。お前ら、連れて行け」


 その合図と共に複数の政治家お抱えの探索者が入ってくる。


 あっという間に峰利を取り押さえてしまった。


「ぐっ! 離せ! おい、お前らぁああ! 何してる! 私を守らんか!」


 峰利は自らの護衛を担当する者達に叫び散らすが、みんな一様に口を閉ざし、動くことはなかった。


「無駄だよ。どのみち汚職に手を染めていた奴らに先はない。もう君を守る必要もないということだ。我々に逆らうだけ無駄だと言うことを分かっているのだろう」

「なんだと……!」

「さぁ連れていけ! 辞任への諸々の準備にあたるぞ」

「「「はっ!」」」


 それから探索者によって峰利とその側近達は外へ連れ出されて行った。




 1人残った男は、ガラ空きの部屋に目を向ける。


「栄枯盛衰。華々しく栄えた者も、何かをきっかけにあっという間にその花を散らす。ふふっ、うかうかしてられないな。明日は我が身か……」


 自嘲するかのように乾いた笑みを浮かべた。


「だがそんな中でも、枯れることなく美しく咲き続ける化け物もいる。時代を変えるのはいつだってそんな奴さ」


 そして空を仰ぎ、何かを思う。


「この世界は腐ってる。天城滅也。お前はこの状況を変えてくれるのだろうか?」


 男は新たに生まれた可能性に期待を込めて、そう言葉を溢していた。

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