第14話 日が明けて
「なに!? 失敗しただと!」
天城滅也の暗殺を依頼した翌日、クロウはダンジョン省の大臣である
峰利はクロウが暗殺完遂の報告にここを訪れたと思っていた。
ただそうではなかった。落ち着き払ってはいるものの、以前のような覇気のないクロウが暗殺の失敗を報告してきた。
「あいつは化け物だ。戦闘の天才だよ。悪いがこの件からは降りさせてもらう」
クロウの脳裏に天城滅也の姿がありありと浮かぶ。
異常な身体能力で、こちらの攻撃にいとも簡単に対応していく姿。
自分のスキル『暗器創造』による見えも聞こえもしない武器の暴雨を、恐るべき感覚で切り抜ける姿。
思い出すだけで、クロウは未だに震えが止まらないでいた。
S級の中でも優れた実力者であるクロウの失敗。それは峰利に多大なる驚嘆と憤怒をもたらす。
「また俺は暗殺者を辞める。死にたくないからな」
「なんだと!? 貴様裏切るのか! 我々にしか作り出せない例の魔道具が必要だったんだじゃなかったのか!」
「命より大切なものはない。数多の命を奪ってきた俺だからこそ、その重みも分かってるつもりだ」
「臆したか! 貴様とあろう者が!」
「ああ。はっきり言ってそうだよ」
峰利を騒いでいるのを尻目に、クロウは執務室を後にした。
扉を閉め、この場から歩き出す前に顔を上げ、負の感傷に浸る。
(俺はもう、殺しから足を洗おう。探索者もやめだ)
ズキズキと痛む腹。
天城滅也に入れられた一撃が未だに脳と体に刻み込まれている。
無敗記録の消失。ターゲットに情けをかけられた事実。そしてF級探索者の恐るべき強さから導き出される潜在的強者への懸念。
常に勝者であった者程、それが打ち崩された時に酷く脆い。
1人のS級探索者の心を折るのに十分な出来事であった。
「くそ! あの役立たずがぁ……!」
――ドン!
峰利はテーブルを思いっきり叩き、怒りを露わにする。
「それにしてもF級探索者風情がS級を……最悪のケースだ……まさかそんなことが!」
出来れば嘘であって欲しかった。何かの間違いであって欲しかったと峰利は苦悶する。
峰利は即座に秘書を呼び出して、声を荒げる。
「すぐに桐島に連絡を取れ! 我々を敵に回すとどうなるか思い知らせてやる」
その顔には憎悪の表情が張り付いていた。
◇
暗殺者を庭に捨てた後、俺は自分の家に戻り再び眠りについた。家の中はかなり破損したがそんなの気にすることはない。
数時間後、目覚ましの音で目を覚ます。相変わらずの気怠さではあるが学校に行かないわけにもいかない。
手軽にカップラーメンをかっこみ、用意を済ませて学校へ向かう。
「あら、滅也。奇遇ね」
「桃葉か」
家から数分、2つの道路が合流する地点で仏頂面を引っ提げた桃葉に出会う。
こいつとの家の距離は近い。通学路が途中から被っているから、登校時に鉢合わせすることがよくある。
今日は騒がしい登校時間を過ごすことになりそうだな。
2人で肩を並べて学校へ向かう。
「あんた今日の朝ごはんは何食べたの?」
「カップラーメン」
「なんてもの食べてるのよ。いつか体壊すわよ?」
「朝なんて食えりゃいいんだよ」
「適当ね。あんたはいつもそうだわ」
呆れたと言わんばかりの反応を示す桃葉。
「お前こそろくなもん食ってねえだろ。偏食家が」
「今日も私の大好きな、ご飯に生卵と生トマトを乗せて蜂蜜をかけたのを食べたわよ。健康にもいいんだから」
「気色悪いな……そんなんだから料理出来ねぇんだよ」
「な、何よ! 料理は、ほんのちょっぴり下手なだけなんだから!」
「ちょっぴりねぇ……」
クリームシチューを真っ黒に変色させるような奴がよく言うぜ。
「それにしてもあんたは昨日もダンジョンに行ってたわよね〜。毎日毎日魔物を倒してばっか。退屈じゃない?」
「退屈なんてしてねぇよ。それに昨日は面白ぇことがあったぜ? 暗殺者に襲われたからな」
「!?」
俺がそう言った瞬間、桃葉はなぜか機械のように固まった。
ああ?
「あんさつ……しゃ……?」
「ああ。まぁぶっ倒したから問題ねぇよ。思ったより強かったがな。いやぁ人と戦うのも楽しいもんだなぁ」
「……」
桃葉はなぜか顔を少し下に向ける。
「ごめん、私先に学校に向かうわね」
そして俺の返答も待たず学校へと駆けていってしまった。
なんだ?
1時限目の授業中。
「チラッ」
なんか桃葉がチラチラとこちらを見ている気がする。
「!? ぷいっ」
タイミング合わせて俺が桃葉の方を向くとなぜか桃葉は慌ててそっぽを向いた。
それからの授業でも度々似たようなことが起きる。
休み時間にどうした? と聞いても、何でもない、と返してきやがるし……変な奴だ。
◇
「怪しいわね」
主に私が。
放課後、私は幼馴染こと天城滅也のことを尾行していた。
理由? そんなの私が知りたいわよ。
滅也が暗殺者に襲われたと聞いて、なんか尾行したくなったんだもの。
「なんで私が滅也の後をつけなくちゃなんないのよ!」
むしゃくしゃするわ……
こんな時はしれっと借りた女の子のハンカチの匂いを嗅ぐに限るわね。
でへへ、いい匂いだわ。スカートの匂いも移ってるのかしら。これがポッケの中から出てきたって考えるだけでご飯3杯はいけるわね。
さて、元気をチャージした所で尾行に意識を戻そうかしら。
既に私は30分以上を歩いて来ている。
ここら辺はもうダンジョンが近い。そして例の探索者ギルドがある所。
滅也はあのいけすかない受付嬢のいる探索者ギルドの中に入っていった。
あいつは昔からムカつくのよ……理解者面で変な目でこちらを見てくれちゃって……
ただここまで暗殺者はいないようね……
「全く世話が焼けるんだから」
別に滅也のことが心配なわけじゃないわ。
私が滅也のことを心配するわけないじゃない。人を殺してそうな悪役顔無知ぼっち鈍感戦闘バカのことなんてね!
それから外で待っていると、滅也は探索者ギルドを退出し、ダンジョンの方へ足を運んでゆく。
私はそそくさと物陰に隠れながらついて行く。
ただ急にあいつはこちらの方を向き――
「おい、なにしてんだ」
「!? め、滅也!?」
気づかれた!?
「おい、出てこいよ」
「っ!」
私は仕方なく物陰から顔を出し、滅也の前まで歩いていく。
「ふふっ、流石ね。私の追跡に気づくなんて」
「バレバレだったが。何で着いてきたんだよ」
「あんたがいる方向にいい女の気配がしたのよ」
「きめぇな」
「あんたに言われたくないわ。魔物殺戮ジャンキーのくせして」
「それ以上楽しいことがこの世にあるか?」
「私にとってはそれが女漁りなのよ」
腹が立つわ。本当。
「ともかく邪魔だから帰れ。俺はこれからお楽しみの時間なんだよ」
「分かってるわよ! 後悔しても遅いんだから!」
「何をだよ」
「ふんだ!」
私はすぐに踵を返し、自宅の方へ歩き出した。
最悪よ……
はぁ……胸が揉みたいわ。どこかに癒してくれる女はいないものかしらね。
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