第17話 急転直下の桐島の扇動

 ある執務室で二人の男が向かい合っていた。


 1人はダンジョン省の大臣である峰利権蔵みねかがごんぞう


 もう1人は日本最強と呼ばれているS級探索者、桐島才人きりしまさいとだ。


「……何の用かな? 僕は忙しいんだけど」 


 急遽こちらを呼びつけた峰利に対して苦言を呈す桐島。


 峰利はその反応に少し顔をしかめるものの、すぐに気を取り直し本題に入る。


「悪いな。要件は他でもない。天城滅也てんじょうめつやについてだ。A級魔物を打ち倒したF級探索者だよ」

「はぁ……あなたまでそのようなことを言うのか。いいかい。F級探索者がA級の魔物を倒すなんてことは天地がひっくり変えても起き得ない事象なんだ」

「無論私もそう思っていたさ。ただ事情が変わったのだよ………クロウがやられた」

「クロウ……闇岡のことか?」

「ああ」


 峰利は事の顛末を説明する。クロウに天城滅也の暗殺を依頼したがそれは失敗に終わったこと。


 クロウがこの失敗をきっかけに暗殺者から足を洗ったこと。そしてS級探索者としての活動も辞める意向を示していたこと。


 ただそれを聞いても、桐島の表情は変わらかった。


「だから何だい?」

「いや……クロウがやられたということは彼は」

「あなたはその現場にいたのか?」

「いや、私は依頼しただけだが」

「じゃあ分からないじゃないか。天城滅也本人がやったのかどうかも。別のS級、もしかしたら他国のスパイの仕業かもしれない」

「だがクロウが他人と間違えるはずも」

「S級探索者の能力は多岐にわたる。天城滅也本人の実力と誤認させることだって可能だろう」

「……なるほど」


 峰利は一理あると押し黙る。


「天城滅也が実はS級で、F級という認定そのものを覆した可能性は」

「そんなことはありえない、あなたもそれは分かっているだろう」

「……」


 探索者ランク認定システムは過去を含めた多くのS級探索者の能力の集積によるものだ。S級でさえその能力を覆すことは出来ず、さらには覚醒した事を隠蔽することも出来ない。覚醒したタイミングで必ずシステムに検知されることになっている。


 そしてその認定から探索ランクは一切変動することがない。つまり。


 ――天城滅也がF級という事実は紛れもない真実であった。


「探索者ランクは世界の法則そのものだ。その者の才能の表れでもある。F級が強いなんてことはありえないんだよ」

「そうだな……ただどちらにせよ天城滅也が脚光を浴び続けるのは変わらんだろう。今後配信にでなかったとしても伝説のF級として注目を浴び続ける」

「そうだね。そこは僕も気に食わないな……」


 桐島は顎に手を当て思案顔を浮かべる。


「そうだ、少し面白いことを思いついたよ。あとは僕に任せると良い」

「やってくれるんだな」

「うん。安心して見ていると良いよ」


 その返答を聞き、峰利は桐島に託すことにした。


 この男なら――問題ないだろうと。






 数時間後、別の会議室に桐島は移動し、そこですぐに配信を開始した。



「やぁ君達。今日は彼、天城滅也について話をしようと思う」


“桐島きたぁあああ!!”

“おっ。遂にあいつに触れるか”

“普通に気になる”

“黒か白か”

“wktk”


 事実上の日本最強のS級探索者でありながら、Dtuberとしても名を馳せていることもあり、もの凄い勢いで同接が伸びて行く。


 あっという間に10万人を超えた。


「最初の偶然の映り込みの配信。そして2回目の配信。全て見させてもらったよ。1秒も飛ばさずに、全てね」


 桐島はカメラから目を離さず、不敵な笑みを浮かべながら話す。


 ――そして視聴者にとってクリティカルな言動が飛び出した。





「結論から言おう。あれは全部デタラメだ」





 迷いなく、あっさりとそう言い放った。



“うおおおおおお!”

“言いやがったww”

“やっぱりフェイク映像だったのか?”

“俺もそう思ってたぜ!”


「ははっ、順を追って話そう。まず君達も知っての通り、探索者ランクというものは疑いようもない確固たる強さの指標だ。F級は弱いし、S級は強い。これは紛れも無い事実なんだ」


 桐島は前提となる知識から説明を始める。


「そして天城滅也の探索者ランクはF級である。これは既に裏付けが済んでいる疑いようの無い情報だ」


 天城滅也は本当にF級だったのかと疑問に思っていた視聴者もいた。


 そこへの回答が今提示された。


「また、あのダンジョンでA級の魔物が出現することは確認されていない。あそこは81階層が最高到達階層として記録されているが、せいぜいそこでもB級の魔物しか出現していないんだ」


 N252ダンジョンでA級魔物と戦っているのは変だと桐島は指摘する。


「加えて階層を移動する指輪。そのようなものは実在しない。多くの研究者の情報からもそれは確認済みだ」


“あれは変だと思ってた”

“やっぱりあんなもの無いんだな”

“ぶっ壊れアイテムだし”

“知ってた”


「以上のことからあれらは全てフェイクである可能性が極めて高い。というか100%フェイクと言って良いだろう」


“確かにありえないよな”

“桐島最強!”

“ほら桐島もそう言ってるじゃん。勝手に信じてたお前ら(笑)”

“今はAIで動画も作れる世の中だからな。あんな映像じゃなんの証拠にもならねぇよ”

“才人しか勝たん!”


「ではあの映像はなんなのか。僕は何者かのS級探索者が裏で動いたと確信している」


 ようやく本題といった形で、桐島は少しトーンを上げる。


「水沢みなみが巻き込まれたダンジョン崩落、深層級の魔物を倒す天城滅也、そこからのダンジョン脱出、全て超常的な力を持つS級探索者の仕業と考えれば腑に落ちる」


“なるほどなぁ”

“ただ日本でそんなこと出来るやついるっけ?”

“全ての能力を明らかにしているわけじゃないからなぁ”


「S級探索者は日本にたった9人しかいないが、世界全体で見れば多く存在する。天城滅也自身の実力と錯覚させられる能力を持つものも存在するだろう」


 海外のS級探索者の仕業の可能性も指摘する。


「みんな惑わされないでくれ。あんな奴は偽物。何かしらの方法で巧妙に嘘をついているのさ。S級探索者である僕が保証しよう」


 視聴者に対して強く、天城滅也が偽りの実力だと訴える。


「ただここで言いたいのはそのS級探索者はただ利用されただけにすぎない可能性があるということだ」


 その言葉に、チャット欄がざわつき始める。


「よく考えてみてくれ。S級がF級のことを裏で支援する理由なんておかしいと思わないか? そんなことする理由がない」


“確かに”

“最強の存在だもんな”

“もはや違う世界の人間”


「S級探索者は権力には縛られない。となると考えられるのは……何か弱みを握られているという線だろう」


 桐島は笑みを深めていく。


「僕は独自ルートで彼の素性を少し調べさせてもらったんだよ。そしたらね、そこにS級探索者の痕跡とその弱みを握っているであろう情報を突き止めることに成功したんだよ」


“ガチ!?”

“やってんなおい”

“さすが桐島才人! 日本最強は伊達じゃねえ!”

“決着ついたな”


「ただごめんね。それをここで今提示することは出来ない。これには最重要機密が含まれているから」


“しゃーない”

“それでも俺は信じるぞ”

“桐島の言うことだから間違いないだろうし”

“むしろ見せない方がいいまである”


「はっきり言おう、僕はこの天城滅也が全ての元凶だと確信している。その真実を今度、配信で暴くことでその証拠としようじゃないか」


“うおおおおお!”

“桐島が動くのか!”

“待ち遠しいなぁ”

“楽しみだあああ!”


 視聴者の反応にますます笑みを深める桐島。


 そこで彼はおもむろに人差し指を立てる。


「そこで一つだけお願いがある。天城滅也は僕が化けの皮を剥がす。他の人達は一切手出ししないで欲しい」


“分かった”

“手を出してもS級がバックにいるならヤバいしな”

“桐島に任せた”

“頼んだぞー!”


「以上だ。ではまた会おう」


 その言葉で桐島は配信を打ち切った。








「上手くいったね」

「は……はぁ」


 その言葉に少し疑問を覚えた桐島の連れ人は先ほどの配信について尋ねる。

 

「あの……天城滅也がS級の弱みを握っているという証拠……本当にあったんですか?」

「ないよそんなの。彼を追い詰める口実を作るためのでっちあげさ」

「な!?」


 桐島は何の悪びれることもなくあれが虚言だったと打ち明ける。


「ははっ、関係ないのさ。どちらにせよF級が強いということはありえないんだ。そのカラクリがどうであったとしても問題ない」


 話は終わりだと桐島は座っていた椅子から立ち上がる。


 そして自らの欲望をも混ぜ込んだ声をあげた。


「騙そうとしても無駄だぞF級。雑魚に教えてやろう。強さこそが正義だと。はっはっはっ!」 

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