第27話
帰りの馬車が動き始めた直後、由文さまは眠ってしまった。よほど疲れたのだろうか。
揺れるたびに崩れ落ちそうになるその身体は、いくら直してもすぐ傾いていく。
藤「…仕方ありませんね」
向かいの席から直すのをあきらめ、彼の隣へ移った。
すぐに頭が寄りかかってくるが、俺の肩に当たってそれ以上は動かない。うん、これで良し。
藤「しかし、よく寝られることで…」
直『…ん…』
起こしてしまわないよう、慌てて口をつぐんだ。
でも本当、よく寝られるなぁ。俺の肩なんて骨張っていて寝にくいだろうに。
帰宅後、台所で升にお茶を淹れてもらっていたら、増川に湖畔でのやりとりについて聞かれた。
簡単に説明してやると、2人とも考えるような表情になる。
増「それって…好きだったんじゃない?」
主語も目的語もなかったが、何のことを言っているのかは明々白々。でもだからこそ反論したくなる。
藤「でも、こういう言い方はアレだけど…金銭目的の相手だぜ?」
升「いや、最初のうちは単なるビジネスだったかもしれないけど」
増「うん。よっぽど憎んでるとか生理的に受け付けない相手じゃない限り、何回も寝れば情が移るんじゃないかな」
認めたくないが、わかる気はした。齢13から始まった関係、しかも初めての相手だ。
由文さまと、亡き“ご主人さま”の関係について。
藤「故人が相手じゃなぁ…かなわねーよ…」
升「でも…かなり年の差があったんだろ」
増「それがかえってハマる原因だったとか?小さい頃に亡くした父親への思いと結びつけば、」
―――意外と簡単に、転んだのかもしれない。
思わずその光景を想像してしまい、急激に茶の味がまずく感じられるようになる。
考えれば考えるほど、顔も名前も知らないご主人さまとやらに対する嫉妬心は大きくなる一方だった。
年端も行かぬ身体を、どんなふうにして開いたのか。
痛いと泣いたであろう彼を、どんなふうに抱きしめたのか。
増「あんまり愉快な想像じゃないけど…その人も、由文さまのことを愛していたのかもしれない」
その通りだった。わざわざ湖へ連れて行くなど、単に金で買っただけの相手にすることではない。
きっと愛人であると同時に、初めて巡り会った庇護者だったのだろう。
藤「…条件揃いすぎ…、ってか」
―――体も心もゆるすための。
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