第5話

増「できたー?」

升「何とか…。材料はいつもと同じでも、見栄えをきちんとしようとすると結構大変だな」



台所をのぞくと、そこには妙に気合いの入った盛りつけをしている背中があった。

凝り性なのかなぁ、園丁として雇われてるとは思えないコックっぷりを発揮してるみたい。



増「どれどれ…おおっ、すごい!おいしそーじゃん!ちょっと味見を…」

升「こら!おまえのはこっち!」

増「けちー」



あーだこーだと言い合いながら、部屋まで銀のお盆を運んでいく。

居ずまいを正して部屋のドアを開けると、さっきよりは幾分マシな会話が聞こえてきた。…と思いきや。



直『それで、どうして俺だったんですか?』

藤「今はどこも人手不足なのですよ」

直『ウソだね。今フキョーだって、みんな言ってるもん』

藤「ええ、不況です。不況だからこそ人件費は極限まで削られ、少ない頭数の人間を徹底的に使い倒すしかなくなる。結果、お金が回らない上に人手も足りないという最悪の事態になります」

直『……』



おい、大丈夫?いちおう筋は通ってるけど、全体的な受け答えの感じが禅問答に近いぞ。

というか失礼ながら、ご主人さまの理解の範疇を超えてる気がする…(だって口開いちゃってるし)



藤「まぁいずれにせよ、この屋敷が慢性的なご主人さま不足であることは疑いようがございません」



見事な藤原スマイルとは対照的に、そんなバカなことあるかい、と言わんばかりの胡散臭そうな表情。

明らかに主従が逆転してるように見えるが、まぁいちいち突っ込んでたらキリがない。



増「朝食をお持ち致しました」

升「ローマの休日ふう、ロイヤルブレックフ、は、…ファースト、でございます」

藤「………」



あー…これは後でお説教だね。

数秒前の笑顔はどこへやら、執事の冷たい視線が浴びせかけられる。

秀ちゃんも失敗したと思ってるだろうけど、そこはご主人さまの手前、ひた隠しにしてお皿をテーブルに並べた。



直『…すごい、ですね』

増「では私どもはこれで」

直『え?一緒に食べないんですか』

藤「それが主従の隔てというものでございます」

直『はあ…』



きちんと整えられた部屋と、まばゆいばかりの食事。

3人の使用人が出て行く姿を、ご主人さまは途方に暮れたような表情で見送っていた。

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