第3話
ああ、もう一度
これまで、テレビや雑誌、インターネットなどでどんなに美人だといわれる女性を見ても、心がときめくことはなかった。だけど、今回は違う。十六夜さんに一瞬で心を奪われてしまった。
これが……恋というものなのだろうか?
「はぁ」
「どうした
あれから数日経ったが、結局十六夜さんと再び会うことはできていない。用事もなくぶらぶらと廊下を歩いてみても、昼休みのほとんどを中庭で過ごしても、後ろ姿すら見かけることはなかった。
こんなことってあるか?
本当に十六夜さんは存在するのだろうか? 暑さで幻覚を見たんじゃないかとさえ思うようになってきた。
放課後の教室。
半数以上の生徒が教室を出ていったが、俺は机に突っ伏していた。そんな俺をみかねてか、
「悩みなら相談に乗るぜ。俺と……アリスとで」
俺が顔を上げると、祐太がスマホを取り出しライフサポートAIアプリ「アリス」を起動させた。頼んでもいないのに、勝手に話し始める。
「アリス、ちょっと聞いてくれないか」
「お悩み事ですか? 私で良ければ、ご相談に乗りますよ」
アリスの機械的な音声が耳につく。
「俺じゃないんだ。俺の親友が悩んでいる」
「私が裕太の代わりに相談に乗りましょうか? 相談内容によりますが、多くのデータを元に多面的にアドバイスするがことが可能です」
「……だってさ。どう、樹?」
「遠慮しておく……できればAIには頼りたくない」
目を閉じて、大きく息を一つ吐く。俺の言葉にアリスが反応したのか、勝手に話し始めた。
「その気持ち、すごくよく分かりますよ。確かにAIは多くの情報を持っていますが、明確な答えが出せないこともあります。特に人の気持ちといった複雑なものは難しいです。でも、ただ話してみるだけでも、気が軽くなることもありますよ。もしよかったら、話――」
アリスの音声がぶつりと切れた。
何事かと顔を上げると、裕太が自分のスマホを操作してアリスを終了させていた。
「すまん、樹。話は歩きながら聞くから、とにかく帰ろうぜ」
裕太はスマホを胸ポケットに入れて立ち上がった。
「もちろん、アリス抜きでだ」
ニッと笑う裕太を見て、俺も同じように笑みを浮かべて背伸びをする。
自分のことを理解してくれる友達がいるというのは素晴らしいことだ。俺は、岡田裕太という親友がいてよかったと心から思った。
◆
「で、最近多いそのため息。原因は一体何なんだ?」
いつもと同じ帰り道の途中、裕太は俺の目の前でスマホの電源を落としてくれた。これでアリスが勝手に起動することも、アドバイスをしてくることもない。
「……」
恋をした、なんて恥ずかしくてなかなか言い出せない。
「勉強のこと?」
俺はかぶりを振る。
「まさかクラスでいじめ……いや、そのマッチョな体でそれはないわ」
裕太が俺の言葉を待つことなく、自分でツッコミを入れて話題を終わらせた。
「まさかとは思うが、恋か? 筋肉にしか興味のなかった
筋肉にしか興味がないって……まぁ、間違ってはいないけども。
俺は黙ってうなづいた。
「実はさ――」
恥ずかしさはもちろんあるが、それ以上に、なんでもいいから十六夜さんについての情報が欲しかった。背に腹は変えられない。
俺は先日の昼休みの、中庭での出来事について話した。裕太なら十六夜さんのことを知っているかもしれない。あわよくば、同じ中学校だったとか、一年生の時に同じクラスだったとか、彼女に関して詳しい情報が手に入ればいいなと期待しつつ。
「お前、十六夜さんのことが気になってるの?」
「ちょ、声が大きいって!」
「そっか……十六夜さんか……そりゃ厄介な人を好きになったな」
裕太の眉間にシワが寄る。しまいには、頭を掻き始めた。
「おい、厄介ってどういう意味だよ」
これはちょっと期待薄というか……残念な返事がくることが確定している表情だった。
そりゃそうだよな、あれほどの美人を他の男子生徒が放っておくわけない。きっと既に彼氏がいるのだろう。俺よりも遥かにイケメンな、マッチョな男子が――。
いや。
もしかしたら、美人だけど性格がものすごく悪いとか、スクールカーストの最上位にいて他の女子生徒たちを足蹴にしているとか――。
悪い方への想像がどんどん膨らんでいく中、裕太の口から思いも寄らない言葉が飛び出した。
「十六夜さんはさ、AIに支配されているっていう噂があるんだ」
「は?」
思わず変な声を出してしまった。
俺は裕太の言葉をそのまま復唱してしまう。
「AIに支配されている?」
「ああ」
裕太はうなづいた。
「十六夜さんもアリスを使っているらしい。でもその使い方が尋常じゃないみたいで、その日何を食べるとか、どこに行って何をするとか……挙げ句の果てには誰と友達になるか……とかまで、全部アリスの決めた通りに行動するんだって」
「それってどこ情報なんだよ?」
「みんな言ってるよ。だってあんだけ美人で頭も良くて、品行方正ときたもんだ。アリスを使わないとそんなことできないって。もはや人間ではないんじゃないかとまで言われてるぜ」
AIなんて必要ないと思っている俺は、AIを必要としている十六夜さんに恋してしまったのだった。
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