ネオン


 ねこは、他のネオンクローン体の位置や潜在意識を、感知することができるらしい。

 白ネクロ白の水に侵食されたネオンクローンも同じく、ねこの位置を感知する能力は持っているようだが、その範囲はねこのほうが圧倒的に広く、飛行艦のいる上空からでは一方的に位置を知ることができた。

 あいたちは解放作戦実行のため、ねこの能力に導かれ白ネクロを追った。向こうもねこを探しているようで、ねこが白ネクロの感知範囲外にいる間は、周辺を定期的に巡回しているようだった。


 左右の欄干に擬宝珠が取り付けられた、八車線はある幅の広い橋。

 白ネクロは、いまその橋の上で空を見上げている。

 風が吹き、彼女の白い髪と白いテールドレスが、優雅に靡く。

 作戦位置に到着したあい。その瞳が、彼女を捉えた。

「こちらあい。目標を視認しました、どうぞ――」

 耳に装着した小型の通信機から、声が返ってくる。

周波数一つじゃないどっちもしゃべれるんだから、どうぞ、とか言わなくていいかんねー)

(良いじゃない。どうぞ、って言ってるあい可愛いんだから)

(……でもネコも、どうぞって返してないじゃんね)

(あ)

「ムリニイワナクテイイヨー……ドウゾ」

(さ、作戦開始!)

 ねこの号令で、

「りょーかいです!」(はいはーい)

 あいと月宮は作戦行動に移る。


 ねこによると、白の水にはコアが存在しているらしい。

 それを破壊すれば白の水は活動を停止し、分裂再生することもなく消滅させることができる。

 そして白の水の消滅とともに、思考中枢がリンクしていたクローン体の暴走も一時的に停止する。その停止期間を狙って、彼女を保護するのが今回の作戦の最終的な目標だ。


 建物の影から現れたあいは、隠れることなく正面から橋のほうへ進み、

――仮想実行・魔術耐性大剣5 ――事象具現

 黒の大剣を具現させ、眼前の白ネクロへ向ける。そして、彼女に高らかと宣言した。

「ネオクロちゃん。絶対にたすけるからねっ! ……けど、とおこちゃんの分はあとで一発殴らせてもらうからっ!」

――仮想実行・身体強化2/部分指定・脚 ――事象顕現・1s

 あいは二人と相談しのアドバイスで、とおことペアで動く前提だったインストールカードの構成を見直変更していた。


 あいたちクローン体は、能力の容量に限界が存在する。それ故に、インストールに使用する脳容量と、身体能力基礎ステータスが反比例している。

 ここで重要になってくるのは、カードのランクが高くなるほどインストール時に必要な容量も大きくなるということ。

 月宮などはカードのランクが軒並み高いので、本人の身体能力自体は低くなっている。(ただしある程度カードランクが上位になると、容量が落ち着く傾向にあり、極端に身体能力が低いわけではない)

 逆を言えば、カードのランクが低いほど容量を節約でき、占有する脳容量を小さくすることで、身体能力を上げることができる。


 あいは『身体強化』のランクを5から2まで大幅に下げることによって、基礎的な身体能力――主に『力』に関する部分を5から7まで引き上げた。

 本来クローン体が持ちうる身体能力のランクは6までが限界なのだが、月宮のカスタムされたメンテナンス装置によって限界突破オーバーステータスをし、実現することができた。

 その結果、身体強化を使ってもある程度反動に耐えうる肉体ができている。そもそもが、身体強化を使わずとも大剣を持って悠々と動き、振り回すことができるようになった。

『でも、腕とか足とか太くなっちゃわない?』

『そーゆんじゃないから、気にしなくていいよ。筋肉を太くし量を増やしてるんじゃなくて、筋肉や骨そのものの質を上げてるだけだから』

『どゆこと?』

『例えば、いままでのアイは筋繊維一本につき5の力しか出せてなかったけど、これからは一本につき7出せるってこと。で、体には何十万本って筋繊維があるから――』

『にゃるー!』

 ただ、身体強化のランクが下がった代償が三つある。

 シンプルに強化幅が下がったこと。

 顕現させられる最大時間が5sから1sになったこと。

 そして、身体全体を強化できるほどの顕現強度がなくなり、部分強化に留まってしまうということ。


――でも、私は一人じゃないから!

 白の水に侵食されたサーベルを具現させ、同じくこちらへ跳躍してきた白ネクロと斬り結ぶ。

 重い。腕には身体強化の効果がないとはいえ、いまのあいには大剣を片手で振り回せるくらいの力はある。それでもなお重い、白ネクロの斬撃。

 ねこ曰く、白ネクロの身体能力基礎ステータスは、平均的に8はあると思って対処したほうが良い、らしい。

 鍔迫り合いが成立しているだけ、まだ僥倖か。

――仮想実行・身体強化2/部分指定・腕 ――事象顕現・1s

 身体強化を用いて、強引にサーベルを押し弾く。

 白ネクロの体勢が崩れたところに、大剣を袈裟に振り下ろす。

 完全に捉えた――はずの攻撃は、肩に少しのかすり傷を与え、止まる。

――これが、物理障帷……!

 あいが使用している物理障壁、その魔術の上位互換となるとばり型の対物理防御空間。白ネクロは自身の体表全周囲に、自身の動きを阻害しない形でその障帷ヴェールを常時顕現している。

 すぐさま白ネクロから反撃の太刀が飛んでくる。

(左!)

 ねこの声に反応し、体が反射的に防御態勢を取る。

 一太刀ひとたちの防御に成功するが、すぐに二の太刀に襲われる。

(中!)

 ぎりぎり動きが間に合った。二の太刀を受ける。

(右っ!)

――はやっ!?

 防御が間に合わない。三の太刀があいの脇腹に――

 ――――――――ッン。

 音を置き去りにした衝撃が、白ネクロのサーベルを砕いた。

 不意の割り込みに、警戒した白ネクロが一度距離を取る後退する

 その動きを追って、二度目の衝撃が白ネクロに刺さる。左胸心臓部から少し離れた、胸の中心部に小さな穴が空いた。

(やっぱ無理か――しかも、しっかりコアの位置からずらしてんね)

 このエリアで一番高さのある塔からの狙撃スナイプ

 あいたちがこの場所を選んだ理由。

 白ネクロには、とおこに致命傷を与えた『閻魔渡り』という魔術がある。

 遠隔魔術や、遠距離装備を持つ者へ反応し、その反応先まで瞬時に移動する、遠隔殺しの移動魔術ブリンク

 月宮が狙撃を行うには、その移動魔術の範囲外でないといけなかった。

 この橋はあいが戦うのに十分な広さがあり、かつ、橋の上で戦っている限りは塔からの射線が通る。

「わかってはいたけど、三人がかりでぎりぎり……だね」

 常時強固な物理耐性を持っている上に、性能ランクが下がっているとはいえ身体強化の速度を凌ぐ太刀。しかもその斬撃を受ければ、通常のダメージ以上に白の水の侵食デバフまで付いてくる。

 あいが近接戦を仕掛け、ねこが潜在意識を読み取り白ネクロの動きを事前に感知してサポート、それでも足りない穴を月宮が遠距離から埋めることで、やっと戦闘の形になっている。

(暴走しなければ魔術面では高水準だったネオンのクローン体、しかも白の水で強化されているんだもの当然よ。むしろ矢面に立って戦えてるあいがすごいの)

「えへへ……」

(いちゃいちゃしてんなー。すぐに次が来るかんねー)

 言葉の通り、次の攻撃の口火を白ネクロが即座に切った。

 瞬く間に剣の雨が、四方八方からあいを取り囲む。

(そっちは潰す。本体から目を離さねーように――)

 降り注ぐ前に、銃弾によって剣が砕かれていく。

(あい、後ろから上段――!)

 剣の雨に身を隠し、あいの背後に移動していた白ネクロの斬撃が迫る。

――仮想実行・身体強化2/部分指定・腕 ――事象顕現・1s

 身体強化のランクを下げたことには、脳の容量確保のほかに、ある副産物メリットが存在した。

 性能ランクが下がったことにより、事象顕現時の思考中枢への負荷も減少しているのだ。

 つまり、反動に耐えうる肉体と併せて、ある程度の連続使用が許されるということになる。

 ……とはいえ、まったくのノーダメージとはいかない。身体再生をしてくれるとおこは、いまはいない。肉体にも思考中枢にも負荷は蓄積していく。

 切るべきところでカードを切り、蓄積された負荷に潰される前に勝負を決めなければならない。

――受けちゃうと、速さで不利になるならっ!

 斬撃を受け止めずに受け流し、サーベルを逸らす。

 白ネクロに隙が生まれたが、

――まだこれくらいじゃっ……!

 月宮が先ほど使用したのは、魔術特性を付与されていない物理のみのライフル弾。

 戦闘の中で白ネクロに大きな隙をつくり、確実に当てられる場面に、まだ見せていない物理+魔術両属性弾で核のある心臓部を貫く。

 物理障帷が効果を発揮するのは、あくまで物理に対してのみ。魔術弾であれば問題なく通る……はずだ。

――いまからつくる!

 左手の大剣でサーベルの返しを牽制しつつ、一歩踏み出し距離を詰める。

――剛がダメなら、柔!

 障帷の影響が少なくなるように、障帷展開面と平行に右手を滑らせ、無理矢理に胸倉を掴む。

 白ネクロに背を向け、受け流した勢いを利用して彼女を背負い投げた。

 白ネクロが宙に浮く。このまま地に伏せさせることができれば、大きな隙を生み出せる。

「!」

 だが白ネクロは投げられている不安定な体勢で、左手に槍を具現した。それを地に刺し、支点として体勢を立て直――

(違う! 下! 退いてっ!)

 突き刺した槍を起点に、地面から無数の槍が突き出す。

――仮想実行・身体強化2/部分指定・脚 ――事象顕現・1s

 退くことはできた。致命には至らなかった……が、体の至る箇所に切り傷と穴。

 白の水が侵食し、感覚と動きを奪っていく。

 休む間もなく、剣の雨。

 そちらはまだ問題ではない。問題なのは、雨の対応に割かれている間に、彼女が具現していた――天を突く、光のように白い長大な大剣。

 一薙ぎで無に帰した、昨日の光景が蘇る。

「やっばぃ――!」

 あの薙ぎは受けられない。受け流せない。それならば、全力で跳ぶ。

――仮想実行・身体強化2/部分指定・脚 ――事象顕現・1s



 一薙ぎ。



 周辺のビルや家屋が、悉く塵に変わっている。

 周囲1km超、一帯の高さが地と同一になっていた。

(なっ――! 狙いはこっちか――!!)

 月宮のいる塔までもが範囲内。

 塔すべてが消し飛んでいるわけではなかったが、下部のビルは完全に消失している。土台を失った塔が倒壊する。

(ツキミヤ、入ってる!)

 ダルマ落としの要領で、塔は白ネクロのいる側に頂を向け、倒れ掛かっている。

 つまりそれは、『閻魔渡り移動魔術』の――



 橋にいた白ネクロの姿が消えている。

(つきみやちゃ――!!)

 倒壊する塔の展望室で、ゆかりが通信機越しに叫びを聞く。

 サーベルを持った白ネクロが、いつの間にか背後に――

 一突き。



「――なぁんて、織り込み済みだっつー話!」

 あいの持っていたコインと月宮が、移身うつしみによって入れ替わっていた。

「昨日、月宮の移身を追いかけられなかったの忘れてない? そっちの有効範囲なら、月宮も逃げられるってわk――」

――仮想実行・物理障壁6/展開指定 ――事象顕現・壁

 先刻まで月宮のいた場所を、サーベルの刃が走る。

 あいが月宮を引き寄せ、物理障壁によってサーベルを受け止めた。

「待ってたぜぇ! この瞬間ときを――――!!」


 とおこを刺した直後の白ネクロを、物理障帷があるにも関わらず、あいの跳び蹴りによって吹き飛ばせた理由。

 それは、怒りと悲しみによる力の強化……などではなかった。

『――あの娘の構成的な弱点。『閻魔渡り』は、最大の攻撃手段であると同時に、一番の弱点になり得るの』

 引き寄せられながら、月宮は物理+魔術両属性弾を装填し、白ネクロの心臓部に照準する。

『『閻魔渡り』の負荷によって、使用後ほんの数秒だけど物理障帷が弱まるから』


――仮想実行・物理等速7 ――事象顕現

 必中の零距離。

 銃弾が白ネクロの胸部を抉り、核を剝き出しにし、核によって

「核まで硬いとかふざけっ――!」

 言いながらも、次弾を装填ロードし、すぐに引き金を引いている。

 だが次弾到達よりも早く、白ネクロは逆の手にもう一本のサーベルを具現し、進路を防――

「私のことも忘れないでねっ――!」

――事象顕現・ランス

 初撃のサーベルを受けていた、あいの物理障壁が形を変える。

 二本のサーベルを受け止めながらも、既に再生しつつあった白ネクロの胸部、その奥の核へ向け先端を刺すランスへと。

 核は魔術存在ではない。白の水という物理存在。

 その組成に障壁を撃ち込み、結合する力の逆位相マイナスによって分離させる引き離す

 ねこ考案の――

「攻性障壁――――!!!!」

 組成を脆くされた核へ、攻性障壁の内側を駆け抜けた次弾が突き刺さる。


 核は、衝撃を溜め込み。そして膨張し、

 ――――跡形もなく砕け散った。

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