作戦会議

 

 守れなかった……

 まだ……動けたはずなのに……

 ごめん……なさい……

 まだ……私は……


「こーかい先に立たずー、ってねー。そろそろお目覚めでせうかー、ゆーしゃさま?」

 徐々に、意識が覚醒していく。

 剣の雨に降り注がれて――

「とおこちゃんネオンちゃん!!!!」

 あいは見知らぬふわふわなベッドの上で目を覚まし、勢いよく上体を起こした。

「ほら、おひめさま。ゆーしゃさまがお目覚めになりんしたよー」

 ベッドに頭を預け、あいの手を握りながら眠るネオン。

 声の主に体を揺すられると、はっとして目覚め、そして無事起き上がったあいを確認し、

「ぅぅ゛っ……ぅぇ゛……うっ……」

 目に大粒の涙を溜めながらも、声を出して泣かないように必死に耐え、嗚咽していた。

 あいはそんな彼女を抱き寄せた。それが決壊の合図だった。

 ネオンはあいの胸で、大声で泣きじゃくった。

「あーあー、聞こえてないかもしれねーんですけど、も一人はあっちだかんねー」

 声の主――ピンク髪ロングハーフツインの少女が、部屋の隅を指差す。

 あいたちの無機質で狭めな飛行艦内とは違い(結局時間がなくてまだ模様替えできていない)、落ち着いたピンク×グレーのインテリアで彩られた、可愛さと大人っぽさが同居する広々とした部屋。彼女の指の先には、メンテナンス装置が設置されている。

「――!!」

 とおこが、液体で満たされた装置の中で眠っていた。

「傷がひど過ぎてまだかかりそーなんだけど、ま、ひとまず生きてるんじゃないかねー」

 あいは、ほっと胸を撫で下ろす。ネオンをなで、なだめながら、ピンク髪の少女に問う。

「あなたが助けてくれたんですか……?」

 少女は気だるげに頷き、

「あー、敬語とかいらねーんで。タメで話していいからー…………って、お前も喋るんかい!」

 あいが会話をしたことに驚いている。

「ありがとうごz――ありがとー。えっと、」

「名前ね。月宮。それとも、『6738 0040』のほうがよかったりする感じ?」

 首を振り、後者を否定する。

「んーん。ありがとー、つきみやちゃん。ほんっっっっとーーーーにたすかったよーーーー」

(……言葉じゃなくて、体で返しもらうけど)

「え?」

 月宮が何か呟いていたが、ネオンの泣き声でかき消されて聞こえなかった。

「――それで、そっちの名前は?」

「私は、あい。装置にいる娘が妹のとおこちゃんで、泣いてる娘がネオンちゃん」

「やっぱり、×××××だったか。そりゃそーか、そーじゃなきゃ……ん? ×××××、×××××――!」

 先ほどの比ではなく驚く月宮。

(……ブロックワード!?)

 また何か呟きが聞こえた気がしたが、それよりも、

「な゛いてな゛い! しかも、わたしはネオンじゃないし!」

 ネオン(?)の主張が勝っていた。


 一旦、ネオン(?)が落ち着くのを待ってから、彼女に事情を訊くことにした。

 月宮からも話を聞きたかったが、それもネオン(?)が落ち着いてからでないと二度手間になりそう、とのことで後回しになった。

 代わりに、月宮から提案があった。

「温泉でも入る? クローン体は、メンテナンス装置で済ませるんだっけ?」

 あいは目を輝かせ、

「温泉!? あるの!? 温泉! 入りたいー!」

「あるっていうか。……もうベッドから出られる?」

「うん。体調はいいかんじだよー」

 ネオン(?)に抱きつかれたまま、ベッドから立ち上がる。

「『仮想実行・室内創造ハウスキーピング/露天温泉』」

 月宮の声に反応して、艦内部屋だった場所が、家具なども含め露天温泉のものへ変わっていく。

「わっ! すごー! これって、映像を映してるとかそんな感じなの?」

「なわけ。家具とか一旦収納して、温泉も再現してる。ちゃんと浸かれるやつ」

 と言いながら、月宮はスカートを脱ぐ。次いでブラウスも脱ぎ――

「つつつつ、つきみやたy――!? 脱衣所とかは!?」

「スペースの無駄。……あ、もしかして。裸慣れしてない人?」

「そそそそそ、そんなことは――――あり、ます……。実はとおこちゃんの装置のほうも、できれば隠してもらいたかったり」

「ふーん。じゃー、こんなことしたら、どお?」

 にやりと笑った月宮は、豊満な胸を腕で寄せながら下着を取り去った。

 一瞬で紅潮するあいを見て、月宮が愉快そうに笑う。

「ぁははっ。おもしろー」

 そのやりとりを聞いていたネオン(?)が、あいから手を離した。そして、

「そんなムダに大きいだけのより――」

 着ていたワンピースを豪快に脱ぎ、胸を張る。

「わたしのほうがいいわよね!」

 一糸纏わぬ少女。

 紅い大きな瞳と釣り合う麗しい顔、陽光を受けきらきらと輝く白く美しい髪、陶器のような透明感のある白い肌、幼い少女のはかなさを体現したような身躯、それらが見事に相まって、この世のものでない、光を纏った天の使いのように見えた。

 二人は思わず呼吸を忘れ、見惚れてしまう。

「……やるじゃんおひめさま。触ってもいい?」

 答えを聞く前に、ネオン(?)に手を伸ばし始めた月宮だったが、

「ダ、ダメに決まってるでしょ!」

 光の速さで、あいの後ろに隠れられてしまう。

「月宮が助けなきゃ、いまごろ全員どうなってたんかねー? 何ならいまふねから降ろしてあげてもいーんだけどー?」

 と、意地悪そうな視線を向ける。

 ネオン(?)は、

「う゛……ぐ……わ、わかったわよ……」

 苦渋の色を浮かべながら、おずおずと前に……。

「ダ、ダメ! 代わりに私がなんでもするから……!」

 少女を手で制し、あいが庇うように前に出る。

「あっははは。うそうそー。確かに触りたくはあったけど。そこまで性格悪く見えるんかね月宮?」

「見える」

 即答するネオン(?)。

 それを聞いた月宮はわざとらしく泣き真似をし、

「ひどい。こんなに可愛くて優しい月宮なのに」

 静寂。

「……とりま、おひめさまも元気になったことだし、お互いの事情でも話そーか」



 あいを挟んで、左に月宮、右にネオン(?)。三人仲良く(?)湯舟に浸かっている。

「どお? いい湯でしょ?」

「そ、そーだねー……」

 二人に挟まれて、心穏やかになれないあい。

 ネオン(?)に至ってはあいの腕に抱きついていて、その感触に気が気でない。

 月宮が、うーん、と伸びをして、深呼吸を一つ。

「じゃそろそろ、本題。話的に一番短そうな月宮から。――月宮は、変異して自我を獲得したクローン体。以上」

 月宮の発言に驚く二人。だがその理由は、二者ともまったく異なるものだった。

「貴女、クローン体だったの? その乳でクローンっていうのは無理過ぎない?」「自我!? つきみやちゃんも、もしかして転生して来たとか!?」

 月宮は目を逸らしながら、

「変異体だかんねー、成長期なんじゃねーかね? ……で、そっちはいいとして。アイは、いま何て言った?」

 不思議そうな顔をするあい。

「え? 転生してきたの? って訊いただけだけど……?」

 頭を押さえる月宮。

「あー……そっちにはノーコメントで……。次はどっちが話す?」

 何か言えない事情があるのかな、と思うあいだったが、いまは深く突っ込まないことにする。

 顔を見合わせるあいとネオン(?)。

「じゃー私から話すね。私もクローン体の変異(?)……なのかな? 私の場合は、たぶん異世界転生してきたからそのせいなのかもしれないけど……」

 あいは、自分の意識が『あいちゃん』に宿ってからの数日のことを、二人に包み隠さずに伝える。話一つ一つにうんうんと頷くネオン(?)の姿がとても可愛いらしく、幼少期のネオンを髣髴とさせた。

(余計わかんなくなってきた……そーいう××××って言われたら、そうとも言えそー。でも普通に考えれば×××××だし……)

 あいの話を聞いた月宮は、一人悩ましそうに呟いていた。

 二人の話を聞いたネオン(?)が、最後に口を開く。

 少し長くなるかもしれないけど、と前置きをしてから、

「わたしは、ネオンをオリジナルとしたクローン体の…………そう、『ねこ』とでも呼んで」

「別のクローン体――!?」「ネオンちゃんの……よろしくね、ねこちゃん!」

 月宮を制して、ねこが話を続ける。

「あいと、ツキミヤ……は怪しいけど、二人のクローン体シリーズ以前に生み出されたのが、わたしたち」

(そんな設定、『ひとりきりのほし』にはなかった気が……?)

「ネオンはあらゆる能力が高水準で、適正も優秀だったんだけど、逆に優秀過ぎた。完全なネオンのクローン体をつくることができなくて、それどころかクローン体はどこか欠陥のある不完全な形でしか生み出せなかったの」

 相槌代わりに頷くあいと、怪訝な顔をする月宮。

「ネオン本人は魔術をなんなく使いこなしてたけど、クローン体は魔術を使用しようとすると、自我を失って半暴走状態になってしまう。個体によっては、魔術を使わなくてもね」

 ねこの語りに力が入る。

「このままではいつか大事故、ううん災害を引き起こしてしまうと危惧されて、それを未然に防ぐためにネオンのクローン計画は中止。その代わりに生み出されたのが、貴女たちのクローン体シリーズ」

 そこで一つ間を置いて、

「じゃあ、わたしは何なのかってなるわよね?」

 得意げに胸に手を当てて、小さな胸を張る。

「わたしこそが、ネオンクローンの唯一の完成形なのよ」

 月宮が首を傾げる。

「……ん? ならなんで、あの時魔術を使わなかった? そんな高水準で優秀な適正持ちのオリジナルで、そのクローンの完成系なら、よゆーで倒すなり逃げるならできたんじゃね?」

 ねこの目が泳ぐ。

「よよよ、ヨユー過ぎるからよ。あいがたすけてくれようとしてたんだし? わたしが出しゃばったら悪いじゃない?」

「でも月宮が来なかったら、確実に全滅してたと思うけどー? その辺どーなんですかねー? ネコさん?」

 月宮による視線の追及から、ねこは顔を逸らしていく。そして気まずそうに、

「――ないのよ」

「え? 何て?」

 二人を向き、ねこは叫んだ。

「わたしはヒトツも魔術が使えないのよ――!! 暴走するしない以前に――――!!!!」

 躊躇いがちに目を伏せ、

「だから……すごく言い辛いんだけど…………戦えないわたしができないこと……わたしの依頼を受けてくれないかしr――」

「いいよー!」

「――まだ言い切ってないんだけど! 依頼内容も言ってないし!」

「ネオンちゃ――じゃなかった。ねこちゃんのお願い、私が断ると思う?」

「あっはは。じゃ、月宮もその話受けるわー。おもしろそーだし」

「あの……ねー……そんな、簡単に…………うっ……ひくっ……」

 本人的には本当に重い内容だったのか、ねこの目にまた涙が溜まり始める。

「あ、え、あ、ごご、ごめんね! 一回断ったほうがよかった……?」

「そんな、わけ……ない、でしょ……! ばかー! ……ありが、とぉ……うぅ……」



「飲み物何がいいー? ミルク、フルーツミルク、イチゴミルク、コーヒーミルク、炭酸系とか、紅茶系とかもあるけどー?」

「「いちごみるく」で!」

「ハモってんじゃん。仲がよーござんすねー」

 充実したラインナップの化粧品で体を整え、いまはあいが、ねこの髪を乾かしている途中だった。

「ほい。どーぞ。お二人さんー」

「にゃっ!?」「ひゃっ――!」

 頬に冷えたイチゴミルクのパックを押し当てられ、思わず飛び上がるあいとねこ。

 悪戯に笑う月宮に膨れながらも、二人はお礼を言ってパックを受け取る。

「んで、ネコさんや。月宮たちに勝算はあるんかねー?」

「三人で力を合わせれば必ず――ナンテ、都合の良いことは言えないけど、十分にあると思うわ」

 温泉でひとしきり感情を吐き出したあと、あらためて彼女から依頼された内容は、暴走状態にある先のネオンクローンの解放とうめつだった。

 解放作戦を立てるに当たり、あいと月宮の能力構成について話していたところで、ねこが上せそうになり一旦お開き。入浴後にまた会議をするということになっていた。

「――っと、そーいや。そもそもアイは、白の水については知ってんの?」

 ねこにパックを持ってもらい、髪を乾かしながらストローでイチゴミルクを飲んでいたあいは、疑問符を浮かべた。

「あー、えっと? 白黒の娘とか、も一人のネオクロちゃんとかに付いてるあれ……のことかなー?」

「そ。それ」

「どーゆーものなのかは、わかんないかも。ただ私たちと敵対してる娘に付いてるから、そーゆーものなのかなーってだけ」

「そーね。大体そんな感じ。月宮の知らない情報ある可能性考えて、ネコさん説明よろしくー」

 あいの前にちょこんと座りながら、同じくイチゴミルクを飲んでいるねこ。

 月宮の言葉に頷き、説明を始める。


――白の水

 起源不明。いつの間にか観測されるようになった無機生命体。

 生命の有無を問わず、他の物体や物質に侵食・感染し、その機能を奪い支配する。

 様々な形状変化や性質変化を行い、ことインストールカードにおいては、その性能を大幅に向上させる事例が多数確認されている。


「わたしが知ってるのは、こんなトコロね。あの娘は元々暴走状態だったネオンクローンで、その思考中枢を白い水に乗っ取られて制御されているの」

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