第55話 岡賀ゆかり
第55話 明日見る夕陽は今日と同じ色なのかな
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ついにやってきた岡賀ゆかりの牙城。カルフォルニア州立理科女子大学(California State Women’s University of Science)。
そこへ宗吾をはじめとする四人は、ゆかりを、或いはゆかりを探す和伊南知英を探すために、降り立った。
「前にユーちゃんを訪ねたから覚えてるんですよ〜。校舎内には入りませんでしたが、芝生の上で寝転がってサンドウィッチを食べました」
「へぇ〜いいなぁ」
「芝生にはWi-Fiが通っていて〜」
「え? Wi-Fiが通ってない場所なんてあるんですか?」
「この現代っ子め〜〜……ん?」
宗吾達はその裏門前に着き、門外から中を見ると、なんと学生達の誘導がまだ終わっていなかった。
何やら残って騒ぎ立てる生徒。慌てる警察の様子に、これでは入ってからすぐに追い返される形になってしまう。
「マズいですね……シーちゃん」
「美歌ちゃん。ここは生徒のフリをしてみない?」
「えっ? ミカン達もうJKから何年経ってると思ってるんですか? 無理です無理です!」
「美歌ちゃんは童顔だしまだまだいけますよ!
無理なら私は職員のフリをします。それでもダメなら最悪名前を使います。私はハリウッドのシーヅーですから」
「ミカンだって、世界に弾けるマンダリンオレンジですよ⁉︎」
「海外人気まだあるの?」
「わ、分かりません……とにかく! 宗吾くん達は、ミカン達が騒ぐ間にすり抜けて行ってください! いいですね⁉︎」
しかしそんな美歌の提案は、天六が決めた規約違反に、抵触する恐れのある行為でもあるのだった……。
「臼井美歌! またもわたし達を助けるの⁉︎ 貴女はこの前だってそうやって」
「なら、どう切り抜けるんですか⁉︎ もたもたしていたらグレーシュートやゴールドゴールが来て、ミカン諸共お二人も消されますよ⁉︎」
また命の光が消える。
また目の前で大切な人を失う。
見えないところで失うのも嫌だが、目の前で失うのも嫌だ。
臆動悸がする。今眼前に居る、母とも言えるくらいの存在と、横で手を握ってくる妹。どちらを取るか。
「宗吾くん達は、私達と自分の兄妹! どっちが大切なのですか⁉︎」
どちらが大切かなんて……。宗吾には今すぐには選べなかった。優先順位なんて付けられなかった。
妹が大切なのは当たり前だが、美歌や志津架だって、兄妹の母だから、大切に決まっているんだ。
しかしそんな時、手を繋いでいた天六が自分をグッと引っ張って、目で合図してきた。
彼女の中には、もう答えがあったんだ。
「そういう言い訳で早速決まりを破るなんて、食えない女。臼井美歌」
「へへ、褒め言葉として受け取っておきますよ。天六ちゃん」
「ふふっ。……なら行くよ。美歌ちゃん」
「はい! シーちゃん!」
大人二人は、一足先に門の中に向かうと、少し丘になっている芝生の所に登って、文字通り騒ぎ出すのだ。
自らのアイデンティティを使って。
「爆弾と言えば〜、ミカンのサードシングル『海とデジタルとオレンジ』にカップリングとして収録された『爆弾級バレンシア』ですよね〜歌っちゃいますよぉ!」
「皆さーん! 今なら私が四大悲劇名場面総集編演じますけど、どうですかー! 観覧無料でーす!」
大声の日本語を検知し、学生達の脳内デバイスの中で、自動翻訳アプリが起動する。
歌? 演じる? こんな時に何を言っているのだろうかあのおばさん達は。
そう思って二人に学生達が釘付けになるところで、警察もその違和感の正体に気づく。
「こら、キミ達何やって……あれは、ウスイ・ミカ! と、シーヅー⁉︎」
学生も警察達もようやく気づき、目を丸くしている。
かつて世界クラスでバズった幻のアイドルと、最近姿の見えなかったハリウッドの大女優。効果が無いわけがなかった。
「はーい! 見たいでーす!」
「っ……わたしもー!」
乗じて、宗吾も天六もギャラリーの一角となった。すると外に逃げていたはずの人達も次々と押し寄せて、あっという間に人だかりが出来るのだ。
「並んでくださーい! ステージはあちらでーす!」
いつの間にか昨日会った志津架のマネージャーという赤髪の女性も来ていた。そんな彼女が宗吾達に目配せすると、天六は頷いて宗吾の手を引いて進む。
「行こ、宗吾」
「ああ」
もう止まれない。
大人達の援護を受け二人は、岡賀ゆかりのいるであろう研究棟を目指し、駆け出すのだった。───前だけを見つめて。
Wi-Fiが通る噂の乾いた芝生を過ぎ、奇妙な銅像の横を通り、新しめな真っ白の校舎達を尻目に、目の前の木造校舎に向かって二人は走る。
広すぎるキャンパスには、人っ子一人居ない。異様な空気だ。
まるでこの世界に自分二人きりになったみたいな感覚さえ覚える。
またそれは、握られた手の熱を通して、奇妙な昂りと、安堵をも感じさせるのだ。
『爆弾は仕掛け終わった。この世界に用の無い人間以外は、速やかに退避せよ』
大きな木造校舎の前に辿り着いた時、突如として、ボイスチェンジャーで弄られたような、性別不明の機械音が脳に直接響いてきた。
恐らくデバイスに直接関与できるタイプの放送なのだろう。
全体連絡は未だ校内放送が主流の日本では、この技術は数えるほどしか体感したことがなく、実に慣れない。気持ち悪い。耳に残る、奇怪な声だ。
「わたし達は出なくてもいいみたいだね。だって、もうこの世界に用は無いから」
「ああ、少なくとも今の世界に用は無いな。イナミに会って、目的を果たすまではな」
二人は走る。頭に響く、見知らぬ女性の声、その煩わしい電子音を聴きながら。
苦しい痛みが、頭を揺さぶれど、二人は止まらない。止まらない限り、そこに道は続く。だからもう、止まれないんだ。
二人が大きな木造校舎の前に辿り着くと、その入り口の扉が開いたままなことを確認する。
急いで皆逃げ出してきたのだろうか。中の電気も点けっぱなしで、もし自分らが泥棒なら入り放題といった様子だ。
けれども何か引っかかる。
この中に入っていっていいのだろうか。皆が逃げてきたのだから、何か危険なものがあるはずなのに。それを確かめたいという気持ちがある。
だけれど二人は、後方からより強く感じる、不思議な気配のほうが気になってしまった。
自分は意外に人など居ないはずなのに、まるでそれは誰かに見られているかのようだったから、やはり振り返ざるを得なくて、振り向いたそこに二人は、奇妙な銅像を見た。
見て、そのまま見入ってしまった。目に留まる理由は、その見た目が奇妙だからではない。銅像が異様に斜めだったからだ。
「宗吾。あの銅像、ズレすぎじゃあない?」
「天六も気づいたか。もしかしたら、あそこに爆弾が仕掛けられているかもしれない。離れよう」
「いや、逆。今後ろの校舎に爆弾があったとして、それが爆発しても、あの銅像の位置くらいなら逃れられそう。
銅像の対角線状にあるのは、つまりこの一番大きな校舎だから……やはりこの校舎に入るのは危ない。能く考えれば扉が空いているのも危険」
全開になった木製の古めかしい校舎の扉は、まるで誘い込むような、当しく大口を開けた悪魔の構図だ。
杞憂かもしれないが、実はこう入りやすい方が、非常に危険だったりもする。
「天六、とりあえず銅像がおかしいから調べてみよう。校舎に入るのを決めるのはその後だ」
「うん」
銅像が斜めになっているのは決して仕様なんかではなかった。簡単に動かせて、しかもその下には、人が一人入れそうなほどの暗闇、深淵が顔を覗かせている。
「宗吾。隠し通路」
「漫画でしか見たことないぞ。こういうの」
深淵からは風の音が聞こえる。
今日は曇りだが、雲間に光が見えた時、僅かにそれが下へ続く階段を照らす。
暗闇の中にあるのは、完全に地下への入り口だった。
「怪しすぎるね。地下シェルター?」
「爆弾が本当の事だとして、それから逃げるためにこの中に避難した人がいるかもしれない。オレ達も避難する?」
「うん、行こう。でも避難のためじゃあない。むしろこんな状況で、ここの逃げ道を思い出して隠れられる人は、犯人か、もしくは頑なに大学から出ようとしなかった岡賀ゆかりだけ。ううん、もしかしたら岡賀ゆかり本人が、犯人なのかもしれない」
「ゆかりさんが⁉︎ どうしてだ?」
突如展開してくる天六の推理は、まるで親子で考えがリンクしているかのような、憶測にしては具体的すぎる内容だった。
「岡賀ゆかりはイナミが来ることを知り、彼を寄せ付けないために爆破魔を自作自演している。彼が来れば、タイムマシンの計画が頓挫するかもしれないから」
「……確かに」
しかし、この時、宗吾は気が付かなかった。タイムマシンでゆかりが何をしようとしているのか。何故それを天六が知っていたかということに。
「行こう、兄様」
天六はいつもより積極的に宗吾の手を引いて、しかも自らが前に立ち、階段を降りた。
入り口が閉まるかもしれない。岩が降りてくるかもしれない。棘床に変わるかもしれない。それなのに、先導してくれる。
今日の天六はいつもより数倍頼もしかったが、何故か今日はそれが不安や懐疑するよりも嬉しくて、勘なんか鈍くって仕方なかった。
そんなふうにして、恐怖と同じか僅かに上回るレベルで、彼女の心強さを感じながら、只管に階段を下っていくと、やがて光が見えたところで、階段は終わった。
そこから真っ直ぐに続くのは、両脇に松明の取り付けられた一本道だ。
奥に見える木製の扉は、まるで中世の宝物庫を想起させる。扉に鍵はかかっていなかった。
いざ開場。扉の先に辿り着いた宗吾達は、信じがたい光景を目にする。
「……な、なんなんだこれは⁉︎」
そこには、天井の高い、蒼く、薄暗く、広々とした空間があった。
足元には沢山のコード類。辿った先で繋がれているのは、労働力たる数多の機械人形。周囲には幾数種類もの怪しいマシン。あらゆる言語の書籍が置かれた棚。そして床に散らばる夥しい量の紙。
だが、そんなモノよりも、宗吾達の視界に最も印象深く、一段と強く映ったものがあった。
「な、なんだあれ」
空間の中央に位置するそれは、縦向きに置かれた巨大なジェット機のようなもの。七、八メートルはあるんじゃないかというほどのモノだった。
「ユカのラボへようこそ」
突如聞こえてきたのは、天六に酷似した、けれども更に落ち着いた雰囲気の女性の声だ。
それは先ほどの電子音声にも能く似ているが、何故か不快感を感じず、安心さえしてしまうから、むしろ怖くなって、宗吾は強く問い返した。
「おい! 誰か居るのか⁉︎」
「居るよ。あなた達こそ誰? デバイスの自動翻訳が動いてないから、日本語話者だということは分かるけれど」
そうして機械類の影から現れたのは、小柄な一人の少女。否、少女と形容したくなるが、それは誤りだった。
仄黒いのショートボブは若干白髪混じりで、目尻には目立たないが僅かに皺がある。
流石に同年代とは言えないのに、小中学生と言われても納得できるような幼い声に奇妙な感覚を覚えた。
が、そんな彼女の詳細を、天六は訪ねるまでもなく察知していたようだった。
「岡賀ゆかり」
…………To be continued.
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