第3話 第2ラウンド

 ファミレス・地団駄、示談の聖地——第2ラウンド開始。


 開幕のゴングを鳴らすのは、またしても父・田中正一だった。


「……出会ったのはな、心が死んでたとき。フラフラっと入った深夜のマッサージ店。受付にいたのが——美咲さんだった」


 あっ、また始まった。父の“幸せ爆弾”投下タイム。


「“今日はどこが疲れてますか?”って聞かれてな……涙が出たんだ。家庭で誰にも聞かれなかったからな」


 ピンポン、地雷一発。


「背中に手が触れて……癒された。香りは柑橘系。和子の焼き魚の匂いと大違いだった」


 ピンポン、二発目。母の眉毛がピクリと跳ねる。


「“疲れた”って言ってもさ、和子には“水風呂に沈めたろか”って言われてたしな。冷たかったよ……家庭ってやつは……俺はただ……温かさを望んだだけなのに……」


 地雷原にキャンプファイヤー設営中。


「それでな……“肩の次は、心もほぐしてあげる”って。あのとき思ったんだ。俺、この人となら……生き直せるかもしれないって」


 ——バゴォォォン!!!


 母のフライパンが天を裂く勢いで振り下ろされる。


 ガキィィィン!!


 父、テーブル上の小皿で防御。金属音がファミレスの壁に跳ね返り、パフェのクリームが震えた。


「火薬ばら撒いといて何が幸せだよ!! 家庭の地雷原でキャンプファイヤーしてんじゃないわよ!!」


「お、お前だって俺をATM扱いしてたくせに!」


「毎朝弁当作ってたの誰よ!」


「全部冷凍食品の! ランチタイムの切なさが弁当に詰まってたわ!!」


「感謝の涙の味って言ってんのよ!!」


 母と父の怒号が交差する。まさに家庭内プロレスリング。


 赤コーナー、家庭を捨てて美咲と再出発を狙う“逃げ腰プリンス”田中正一。


 青コーナー、怒れる家庭の番人、“鬼の主婦砲”田中和子。


 そして俺、田中太郎。40歳、無職、童貞。いまやセコンド席でタオルを握り、母の背後でガクブルしている。


 だが、笑っていられる状況じゃない。だって、この地獄みたいな修羅場を生んだのは——俺だ。


 推しに100万ぶっこんだスーパーチャレンジチャット。そのせいでバレた不倫。家庭崩壊。地獄の示談。


 こんな茶番の張本人は、他でもない俺。胃がきゅーっと締め付けられて、視界がグラグラする。


 ああ、もう俺、罪悪感で死にそう……!


 しかし突然——父が吠える。


「……離婚しよう、和子。俺は美咲さんと再婚する。これ以上、水風呂じゃ満足できねぇんだ!!」


 その目には、家庭内最弱という過去を捨て去る決意があった。


「俺はもう、会社で靴を舐めるだけの男じゃない! 家では皿を洗っても、心までは洗われねぇ! 次の家庭では、俺が最強になるんだ!!」


 ……何その中二病みたいな宣言。


 沈黙。


 美咲がスッと口を開く。


「正一さん……嬉しい。でも、再婚って言葉を聞いて、私の中で何かが……溶けたわ」


 いやそれ、怖いからやめて。


 母が立ち上がる。椅子がきいっと音を立てる。


「離婚……?いいわ。だったら慰謝料払ってもらおうじゃないの。桁が違うって言わせないから」


「そ、それは……ちょっと待ってくれ……!」


「変動金利なめんなよ? あんたの浮気スコア、永久ブラックよ。怒りの利息は秒で膨らむ。返済完了は三途の川の向こう岸!!」


 そして咲良——みかん丸の怒りの声が炸裂する。


「もう限界!! 私は誰にも“顧みられなかった”!!」


 全員の視線が彼女に集まる。


「お母さんは男ばっかり! お父さんもいない! 私だけ、ひとりきりだったの!!」


 美咲が口を開きかけるが、咲良の声にかき消される。


「……ごめんなさい、咲良。でもね、私、正一さんの優しさに……」


「黙れぇええええ!!!」


 店内の空気が凍りついた。パフェのホイップがひとすじ垂れた。


「言ってなかったけど……私、今この修羅場、スーパーチャレンジチャットで配信してるから!!」


 全員、時が止まる。


「……は?」


 スマホのカメラに向けて、咲良が血走った目で笑う。


「“親の示談を実況してみた”って動画、バズらなきゃ意味ないでしょ?どいつもこいつも……顧みないのは得意みたいだから!!」


 その声が、テーブルの上に積もったクリームよりも、重く鋭く響いた。


 ——第2ラウンド、終了。


 次回、最終ラウンド。


 親子の地雷が、今、爆発する。

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