第1章 神獣ハンターと猫⑧
「【リペア】! ふう、ツボは元通りね!」
「【キュア】! ふう、コータローさんも元通りです。事なきを得ました」
「得てねぇ。二人ともそこに居直れ」
俺は女神ズを絨毯の上に正座させて、涙目になるまで説教を垂れた。
「まったく、最近の女神ときたら、どういう教育を受けてるんだか!」
「往年の女神も知らんやろ自分。まあ、こんなとこで鬼ごっこしたらあかんのは事実やで二人共?」
「「は、はい……すみません」」
ところで思わぬ副産物として、肝心のツボが手の届くところにある。
悪いが今の内に少し調べさせてもらおう。確か古代文字が刻まれているとか言ったな。
「文字、文字……ん? これは……」
ツボをひっくり返して底を検めていた俺の横から、イモコ先輩も覗き込んでくる。
「どうしたんや……ありゃ、これは」
ツボの底面には確かに文字が刻まれていた。紛うこと無き、日本語が。
「……エルフの文化といい、影響を与えたのはうちの国の転生者じゃないだろうな? どれ、『闇の炎に抱かれて消えろ』?」
俺は何の気なしにその日本語を読み上げただけだったのだが、その瞬間、急に辺りが暗闇に包まれて、右も左も分からなくなった。
そして少しの間、何も見えない暗闇が続いた後、ふと視界が戻り、俺は薄暗い洞窟のような場所に自分がいることに気が付いた。
「ど、どこだここ!? みんな大丈夫か!?」
周囲を見れば、他の三人も近くで尻もちをついている。
全員、困惑しているようだったが、ケガをしている者はいなさそうだ。
「どうやらツボに仕掛けられた魔法が発動して、結界の内部に転送されたようですね。一見洞窟に見えますが、周辺の地面も壁も全て魔力によって構築されています」
「け、結界!? なんだそれ、閉じ込められたってことか!? 出られるのかよ?」
「古代エルフの強力な封印術です。残念ながら、強行突破は厳しいでしょうねぇ。しかし、この手の術は特定の条件を満たすことで解除できるものですが……」
『我の眠りを妨げるものは誰か?』
珍しく真剣な調子で周囲を分析していたシルフィの声は、洞窟内に響きわたる重低音によってかき消されてしまった。
『我の眠りを妨げるものは誰か? 侵入者よ、名乗るがよい……』
これはあれだ。怒らせてはいけない結界の番人的な人だ。
「は、初めまして、コータローと申します! こっちはシルフィ、気の良い奴なんです! 決して怪しい者ではございません。これは事故なんです、そう事故! 俺達は猫を探しているだけで、うっかり結界に巻き込まれただけなんです!」
相手の姿も見えないというのに、俺はびびり散らして両手を上げて返答する。
『……貴様、今なんと言った!? 猫、猫だと!? き、貴様ぁ……』
おい、やばいぞ。なんだか知らないが、いきなり番人様の逆鱗に触れたらしい。
──あれを出すしかない。俺は奥の手を放つべく両ひざを折り、あわや地面に三つ指を付きかけたところで、
『そうか、此度は災難であったなコータロー殿よ。今、出口を開けてやる。速やかに出ていくがよいぞ』
「この度は誠に……え、出ていっていいのか?」
『ああ、速やかに出ていかれよ』
番人様の予想外の回答と共に、俺達の左手の壁に魔法陣が現れ、中心に大穴が空いた。
大穴の向こう側には博物館の展示室が見えている。
「た、助かります! 助かります! おい皆、番人様の気が変わらない内に急いで出ていくぞ」
言うが早いか、つま先を魔法陣に向けて俺が先陣を切って歩きだしたその時、
『むにゃ……ハッ! お、おい! そこに誰かいるのかニャ!? 助けてーーッ!! 助けてくれニャーーッッ!!』
『あ、こら!! なんてタイミングで起きるんだバカ猫! 黙らんか!!』
…………。
「今、ニャって言ったな」
「ニャって言いましたね」
「ニャって言ったわね」
「ニャって言うたな」
『助けてーーッ!! このロリコンゴーレムに酷いことされるニャーーッッ!!』
『お、おい、適当なことを言うな! そんなことせんわ! そもそも猫の年齢など我には分からんわ! おいお前達、何をやっている! はよ出ていかんか!』
なんだか急に威厳が霧散してしまった結界の番人が、酷くおろおろし始めている。
代わりに殺気を纏ったのは、イモコ先輩だ。
「なんやて……! おい貴様! 小さい子に酷いことしよるんかッ!?」
『だから違うと言っておろうが! 我はこの不届き者の封印を管理しているだけで』
『イ、イヤーーッ! どこ触ってるニャーー!! ごついニャァーーッッ!!』
「き、貴様ァッッ! そこで待っとれ!! いてこましたるわッッ!!」
『そんな事しておらんだろうが!! そもそも、お前がエルフ族の魔導書を盗み出そうとするからこんなことに……』
もはや可哀そうになってきた番人の、必死の弁解にも聞く耳を持たず。
急速に激昂した先輩が、罵詈雑言を叫びながら洞窟の奥へと駆けていく。
残された俺達も、慌てて後を追いかけた。
まずいぞ、武器は全て博物館の入口に預けてしまっている。
ゴーレムというのが本当なら、そこらの雑魚モンスターとは一線を画すだろう。
戦闘にでもなったら、いくら先輩でも分が悪いはずだ。
そう思って必死で追いかけた先には、開けた空間が広がっており、岩石でできた巨人と先輩が相対していた。
あれがゴーレムってやつか。ゴーレムの背後には檻が設置されており、檻の中でこちらを見つめているのは、紛れもなく俺がよく知る猫であった。
それも黒猫である。
『だから、そんな事はしておらんって! こやつは一級窃盗罪で服役しているのであって、我は正式な看守であってだな』
「ぜぇ……、お、落ち着いてください先輩! 弓無しでどうするんですか! ここは一旦引いて装備を整えてから」
「こんの、■■■の■■■がぁ!! 【極大魔導粉砕弓】ゥゥーーッッ!!」
『ノ、ノワァァァァーーーッッッ!!』
「いや、打てるんかいッ!!」
武器も持たずにどうするのかと思っていたら、先輩は魔力で練り上げた巨大な弓矢を番え、一矢の元にゴーレムを葬り去ってしまった。
何なら魔力の矢はそのまま、背後の檻をもぶち破ってしまったのだ。便利過ぎるだろこの先輩。
俺は今後、この人だけは怒らせないようにしようと心に誓った。
「おらぁッ! てめえの■■■を■■■に突っ込んで■■■をかち割ったるさかいにッッ!!」
「お、落ち着いてください先輩! 死んでるッ! そいつもう死んでるよ!!」
「ヒィッ! このおねーさん、怖すぎるニャッ!!」
まだ怒りが収まらないのか、死体蹴りを続行しようとした先輩を羽交い絞めにして止める。
ほら、せっかく自由になった猫ちゃんもドン引きしてますよ?
ナチュラルに猫が喋っているというのに、もはやツッコミを入れる余裕すら無かった。
「ちょっと! ゴーレムを倒したのはいいけど、なんか揺れてない!? というか洞窟が崩壊してない!?」
ミラさんの叫びで我に返った俺は、辺りを見渡す。
洞窟の壁や地面には既に亀裂が走り、倒壊寸前の状況であった。
おそらく番人を倒したせいで、結界を維持する力が潰えてしまったのだろう。
「ま、まずいぞ!? みんな出口に向かって走るんだ! ほら、先輩もいつまで■■■をかち割ってんですか!?」
俺が先輩をゴーレムから無理やり引っぺがしたその時、一際大きな揺れと共に地割れが発生し、
「わ、ニャ、ニャッ!! 落ちるニャーーッ!!」
黒猫の足元の地面が倒壊、リアル深淵の底へと落下しようとしていた。
「くそ! お、らぁッ!! 捕まれェッッ!!」
一番近くにいた俺は無我夢中で飛び込み、落下寸前の黒猫の前足をキャッチ、そして。
──黒猫の前足を掴んだ俺の右手から、目も眩むような閃光が放たれた。
◇
「いっ、つぅぅ、痛てて……ここは天国か? 俺は死んだのか?」
「いた~い、お尻が痛いです~」
「なんだ地獄か」
「誰の顔見て地獄とかほざいてるんですか! バチ当てますよ!」
シルフィの顔を見て冷静になり、よくよく周りを見れば、俺たちは元の展示室に帰ってきていた。
幸い、結界が崩壊したからといって死ぬようなことは無く、外に追い出されるだけだったようだ。
「痛ったーい! ちょ、イモコ!! どこに顔突っ込んでんのよ!!」
「こんなの役得やん? フボ、ダブルでお得」
「誰がここまでやれと言ったニャ……」
俺の横では不時着した女子三名がくんずほぐれつ……ん、女子三名!?
先輩、ミラさん、そして黒いローブに黒髪ボブカットの全身黒づくめな少女が一人。
褐色肌の中で爛々と輝く黄色い瞳孔と俺の目が合った。
語尾にニャとか付いてたし、こいつはもしかして。
「おい。もしかして、あんたさっきの猫か?」
「猫、猫って……クロにはクロっていう立派な名前があるのニャ! ちゃんと名前で読んで欲し、い、ニャ……」
語気を荒げながら立ち上がった少女は、自身の足を見つめ、胴を見つめ、振り上げた両手を見つめ、そしてその両手で顔をペタペタと触り……
「に、に、人間になってるニャーーーッッ!!」
とはいえ、人間とは異なる点もあった。
具体的には頭頂部に生えてる猫耳と、腰から生えてる尻尾である。
先輩、あんたの夢叶ったぜ。
「コータローさん! もしかして、もしかしなくても、やりましたね!!」
「ああ! どうやら、やっと俺のスキルが火を吹いたようだな!」
「ええ、やっと泡以外の物を吹いてくれましたね!」
「うるせえよ!?」
俺とシルフィがハイタッチを交わして喜んでいると、
「う、うニャあーーんッ!! びえぇぇーーんッ!!」
ちょっとシルフィさん、猫ちゃんめっちゃ泣いてるんですけど!
え、人間になるの、そんなにやだったの? ごめ……
「どうせ人間になるなら、もっと、ないすばでーが良かったニャーン! びえぇぇーーんッ!!」
いやそこかよ! 確かに某女神ほどとは言わないが、クロは小柄でスレンダーな少女といった体格だ。某女神ほどとは言わないが。
あれ、なんか殺気を感じるな? 女神って心を読むことまではできないよな?
「ね、猫耳や……し、尻尾や……ほ、ほ、本物や」
「ヒッ、怖いおねーさんニャ……!」
先ほどのブチ切れモードを目の当たりにしたせいか、クロはすっかり先輩にビビッてしまっている。
第一印象というのはとても大事なのだ。
「ニャ? 語尾にニャやって? そうか、そういうのもあったんやな。ウチの貧相な想像力なんて軽く超えてくるんやな」
イモコ先輩は床に跪き、両手を広げ、天を仰ぎ叫んだ。
「……あぁ!! 神よッ!!」
「呼んだかしら?」
「呼びましたかね?」
たぶん呼んでないぞ。
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