第1章 神獣ハンターと猫⑦
「本当に助かりました! 一時はどうなることかと思いましたが、あなたのような冒険者が通りかかって下さるなんて! 神に感謝です!」
「ナハハハ、まあ人助けは冒険者の本懐やからなぁ! ついでみたいなもんやで!」
感激のあまり涙目になっている輸送ギルドのお姉さんに手を握られて、イモコ先輩が照れながら頭を掻いている。
「くそう。俺もそれなりに頑張ったんだけどな。なんだこの扱いの差は?」
「頑張ったって、コータローさんは黒焦げで地面に転がってただけじゃないですか。」
積み荷と護衛達を馬車まで送り届けた後、先輩は【動物寄せ】なるスキルを披露し、四方に散った馬達をも捕まえて来てしまった。
なんとも便利な先輩である。
「ここまで助けて頂いて、お金だけでは申し訳が立ちません。そうだ! 積み荷の中にはうちのメンバーが営んでいる武具店の品もあります。いくつか持っていってください!」
「うちの装備はもう整っとるしなぁ。なあコータロ君、せっかくやし自分がもろうておきや。棒切れ一本じゃきついやろ」
「え、いいのか?」
確かに、いつまでもひのきのぼう一本で戦える道理もなし。
お言葉に甘えて装備を覗くことにした。
とはいえ、駆け出しで低ステータスの身では大剣やら全身鎧などはとても扱えない。
素直に俺でも使いこなせる軽量な胴当てや籠手を頂くことにした。そして、
「お、こいつはなんだか高そうな短剣だな」
「お客様、お目が高い! そのルーンダガーはどんなところに投げても、念じるだけで手元に帰ってくる優れもの!
ただで貰うのも忍びなかったが、装備できる武器の中では一番便利そうだったので、刀身にルーンの刻まれた短剣を拝借した。
「おお、ようやくリーマンから冒険者にクラスチェンジって感じやな」
「ふふ、どうだ似合ってるだろ? この短剣も、見とけよ、ほっ!」
「すごい! 見事に馬糞の山に命中です~!」
手近な木を狙って投げたつもりが、ダガーは明後日の方向に突き刺さった。
ついでに輸送ギルドメンバーの冷たい視線も俺に突き刺さっている。
ほんとごめんなさい。
ダガーは丁寧に布で拭いてから、鞘に閉まっておいた。
◇
森を抜けた先の町に着いたところで、輸送ギルドの面々と別れた俺達は、一泊した後に遺跡を目指して再出発していた。
「それにしても、あの護衛の人達は大丈夫でしょうか。ウィザードの人なんて虚ろな目でアサガオを見つめたまま、来世はお花になりたいわ、とか呟いていましたが。ゴブリンごときを相手に一体何が?」
「おい、シルフィ、いい加減にしろ。ゴブリンを決して侮ってはいけないんだ。あれほど恐ろしい敵は他にいないぞ? うっ、思い出しただけでトラウマが……」
「こ、コータローさん! 気を確かに!」
「まったく、何やってるんだか……。あ、ほら、遺跡が見えてきたわよ!」
相変わらず馬車の窓に張り付いているミラさんが、はしゃいだ声を上げる。
声に釣られて窓の外に目を向けると、そこには森とも岩の建造物ともつかない、苔むした遺跡群が広がっていた。
それから一時も経たない内に、遺跡に到着した俺達は馬車を降りたのだが、
「いらっしゃい! いらっしゃい! 旅の思い出にティアーズ遺跡饅頭はいかがかね! ティアーズ遺跡お土産ランキング三年連続一位のティアーズ遺跡饅頭はいかがかね!」
「ティアーズ遺跡公式キャラクター、ティア君のかわいいぬいぐるみですよー! SML、各サイズ取り揃えておりますー! あ、そこのお兄さん、彼女さんへのプレゼントにお一ついかがでしょうか?」
「そこの兄ちゃん達! 遺跡を背景に似顔絵はどうだい? いい思い出になるよ?」
……肝心の遺跡は、露店や観光客でごった返していた。
なんなら、もはや一つの町である。
「なんか思ってたのと違うんだが? 神獣が隠れ住んでるっていうんだから、なんかもっとこう、ジブリに出てくるみたいな、静謐な古代遺跡だと思ったんだが?」
「ここ、ティアーズ遺跡は有名な観光地やからなぁ。いつ来てもこんなもんやで? なんでも千年前のエルフ達の城下町跡ちゅうことや。うちらの世界で言えば戦国のお城みたいなもんやな、ナハハハ!」
期待を裏切られてゲンナリしている俺に、イモコ先輩が朗らかに答える。
「でも、こんな当て擦られまくった遺跡に神獣がいるとは思えないんですけどね。もしいたら、とっくに誰かに見つかってるじゃないですか」
「いいや、おるで~。うちのアホ毛にビンビン来とるで~」
とても信じる気にはなれないのだが、確かに先ほどからイモコ先輩のアホ毛が凄い勢いでうねうねと波うっている。
「うーん、まあここまで来たら先輩のスキルを信じるしかないんだがな。とりあえずアホ毛が反応する方に向かってみようぜ」
再びアホ毛に気を集中した先輩が、毛の指し示す方向へずかずかと歩いていく。
全員で大通りを抜けて進んだ突き当りには……
「古代エルフの森博物館?」
一際大きな石造りの建物の前には看板が建てられており、そう書かれていた。
「あの先輩。やっぱり、こんな人工的な場所に神獣がいるとは思えないんですよね」
「何言うとるんや。ここや! 間違いない! コータロ君はうちのアホ毛とおどれの常識、どっちを信用するんや!?」
「ギリ自分の常識かなぁ」
半信半疑な気持ちで、俺は入口を潜り抜けた。
「いらっしゃいませ、古代エルフの森博物館へようこそ! 独自の文化で知られる古代エルフの生活様式をごゆっくり観覧くださいませ。あ、武器はこちらでお預かりしますね」
「へえ、なかなか立派な博物館じゃないか」
石造りの廊下には赤い絨毯が敷かれ、展示室への扉にはエルフや草花を象った精緻なレリーフが彫られている。さながら中世の王城のような内装だ。
さっそく展示室へと進むと、火山を背景に杖を天高く構えたエルフ達と、それに向かい合うローブを纏った鬼のような大男のマネキンが出迎えてくれた。
タイトルは「エルフと魔王」。
『ようこそ、お客人!』
俺達がマネキンの前に立つと、どこからともなく音声が流れてきた。
魔法によるものだろうか、音声ガイド付きとは手が込んでいる。
『これより貴殿らが相対するは、我らがエルフ族と邪悪なる魔王の
「なんだこれ」
「言われたでしょう、コータローさん。エルフたちは『独自の文化』で知られています」
「その文化、なんだか俺知ってる気がするな?」
具体的には思春期の少年少女が発症しがちな病気としてだが。
そして次の部屋に展示されていたのは、玉座に座る白い髭を蓄えた長髪のエルフと、それに向かい合う若いエルフ達である。
『よくぞ参られた、予言の子よ。深淵の底より出でし魔王によって、世は暗い絶望に沈みかけておる。どうかその力で、この闇を祓っていただきたい……』
『長老、悪いが予言なんて関係無いぜ……俺にはただ、殺さなければならない相手がいるだけだ……ぐうぅぅ!!』
『アイギスッ! 気を確かに!!』
『鎮まれ…ッッ! 俺の左腕ッッ!!』
「こういうのって何で左腕なんやろな?」
「それはほら。右利きだと、左腕がそういう設定の方が包帯巻いたりしやすいじゃないですか。定期的に替えないと不衛生ですし」
「なんやコータロ君。えらい当事者目線やないの」
「はは、まあ気にしないでくださいよ。次行きましょう」
『テオドア……ッッ!! 何故だ……、何故俺なんかを庇って……ッッ!!』
『フッ……知らねぇよそんなの。気づいたら、勝手に体が動いてやがったのさ』
『どうしてだ……ッ! お前、魔族の血が混じっている俺のことを、あれだけ嫌悪してたじゃないか……ッ!!』
『気づいちまったんだよ……血に何が混じってるかなんて関係無ぇ。本当に大切なことは魂の在り方だってことにな……勇者はお前だ、アイギス。皆を頼んだぜ……ガクッ』
『テオドアーーッッ!!』
「いいですね。主人公の忌まわしい出自、そして反目し合うライバルとの和解と別れ。87点です」
「何の点数やの、それ……。よう分からんけど、次行こか」
『フハハハッ!! ここまでだな、エルフの勇者よ! わが腕に抱かれ、深淵の底にて眠るがよい!!』
『くっ、すまない皆……だが、俺はただで倒れはしない。今こそ我が左腕の封印を解き放つ時!! 力を貸してくれ皆!! おぉぉ【
『ぐぁぁーーッ!! 小癪なあーーッ!!』
『フっ、お互い地獄で会おうぜ……さらばだ魔王……』
『かくして、決死の力で相打った勇者の活躍によって魔王は深淵の底へと沈み、世界に平和がもたらされたのです。ああ、エルフ族の勇者よ、永遠なれ!』
~Fin~
「あれ、どういうことですか? 魔王が既に討伐されてるなら、俺たち転生して来てる意味無いじゃないですか? あと深淵の底、好き過ぎるだろ」
「まあ、エルフ達は虚実綯い交ぜることで知られとるからなぁ」
「綯い交ぜんなよ! 博物館で虚実綯い交ぜんなよ!!」
闇の向こう側の真実とは何だったのか。
急に豪奢な内装がもったいなく感じられてきた。
「とにかく、エルフの歴史はもういいでしょう。早く神獣反応があるところに向かいましょうよ、先輩」
寸劇を鑑賞してる間に女神二人はどこかにいってしまったが、とりあえず放っておこう。
「ムムム、こっちや。近い!! 近いで~!」
こめかみに人差し指を当て、両目を閉じて全集中なイモコ先輩が、隣の展示室へと進んでいく。
アホ毛はもはや、高速バイブレーション状態だ。
千切れて飛んで行かないか、とっても心配。
「これは、違う。こっちでも、ない。ムムム……こ、こ、これやーーッッ!!」
展示室内をぶつぶつ言いながら歩き回っていた先輩は、あるショーケースの前で声高に叫んだ。
慌てて俺も近づいてみたのだが、
「……これは紛れもなく、ツボですね先輩。猫どころか生物ですらないですが」
「いいや、間違いなくここや。ウチのアホ毛を見てみぃ」
アホ毛が……消えている!?
いいや違う、あまりの高速振動によって視認しづらくなっているのだ。
「ふぅむ。どれどれ、『古代文字の刻まれたエルフ族の秘宝。その文字が解読されし時、世に災厄がもたらされるであろう』か。確かに何かありそなうなツボではあるが、これをどうすればいいんだ?」
目的地に着いたは良いがどうしたものか、と俺と先輩がツボを前に思案していると、ふいに背後から騒がしい足音が近づいてきた。
「子供ッ! ぺったんこッ!」
「待てやこら! この駄肉がッッ!」
こちらに向かって全力疾走してくる人影が二つ。どうやら俺は、突如として予知能力に目覚めたらしい。
だって、三秒後に何が起きるのか、手に取るように分かるのだから。
「こらお前ら! 博物館で走る、ヘブァッッ!!」
後ろを振り返りながら猛ダッシュしてきたシルフィにぶっ飛ばされて、俺はショーケースに頭から突っ込んだ。
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