6.「正々堂々、勝負だよ!」

「えーっと、今、なんて?」


 心海が頭をぽりぽり掻きながら、つい思わずといった雰囲気でそんなことを言う。

 クエスチョンマークがころころと小さい頭の上を転がっているのが見えるようだ。


「罰ゲームで告白されて、私はずっと凛斗くんの事が好きだったから喜んでオーケーしたけど、凛斗くんは私の事を好きなわけじゃないんだよね」


 冬宮さんの質問に、僕は首肯する。

 冬宮さんは「だよね」と、少し寂しそうに頷くと、次の瞬間には笑顔を見せた。普段よりは少しだけぎこちないような、そんな風に見えた。


「その状態で付き合ってても、きっと凛斗くんは私の事を好きになってはくれないと思うの。だから――」


 僕も心海も、黙って続きを待つ。

 冬宮さんの桜色の唇は不安げに震えながら、やがて小さく開いた。


「だからね、一度ただのお友達に戻って、フラットな状態で、私の事を知ってほしい。好きになってほしい」

「なっ……」


 心海が驚いたように声をあげた。

 まるで予想外の出来事が起こったかのような、動揺ともとれる声音で。

 冬宮さんは心海を気にすることなくまっすぐに僕を見つめて、あるいは自分に言い聞かせるようにゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「そして――今度は本当に、私に告白してほしいんだ。……だからね」


 冬宮さんは、一拍間を空けて――僕に向けていたその瞳を挑発的に染めて心海を見て、びしっと指さした。


「夏生さん。ここから先は正々堂々、勝負だよ!」


 そして、真正面ど真ん中ストレートの宣戦布告を、心海に叩き付けた。


「な、な……」




「なんでーーーーーーー!!!!!」


 臨海学校の夜、キャンプファイヤー開始の五分前。

 心海の叫び声が夜の空に響き渡った。




 *****




「ということがあったんだ」

「いや、ちょ、え? ど、どういうことですか!?」

「つまり凛斗くんは今」

「フリーってことだよ、小蒔ちゃん!」

「違うんです、そういうことじゃなくて」

「これからわたしたち三つ巴の戦いがはじまるんだよ!」

「ふふふ……夏生さんには負けないよ」

「すみません一回話聞いてもらえます!? あとなんでさりげなく小蒔は眼中にないみたいな感じ出してるんですか怒りますよ」

「だって所詮妹だし」

「よっしゃ表出ろ」


 すごいぞ、小蒔がツッコミに回っている……。義妹が成長していてお兄ちゃんは嬉しいよ。


 あれ以降波乱の展開もなく無事大団円を迎えた臨海学校から一夜明け、土曜日。僕たちは近所のスタバに集結していた。


 心海と小蒔と冬宮さんはわいわい賑やかそうに話している。なんだかんだ仲良しだよな、三人とも。

 僕は三人の隣、二人掛けのテーブル席でのんびりコーヒーを啜っていた。隣にはなぜか、芹沢君がいる。


「いやー、これだけ集まると賑やかですねえ。あ、師匠、おしぼりどうぞ」

「うん、ありがとう。……というかずっとスルーしてたけど、僕は芹沢君の師匠になった覚えはないんだけど」

「そう言わず、師匠と呼ばせてくださいよ!」

「いや、別にいいんだけど……なんで?」

「俺、師匠みたいなモテる男になりたいんです」


 別に僕、モテるわけじゃないけど。そう言おうとして、心海に告白されたことを思い出す。

 冬宮さんと心海は高等部の人気を二分する美少女で、その両方が僕を好きだと言ってくれている現状を鑑みると、なんとなくそう言い切ってしまうのは憚られた。

 芹沢君の方がどう考えてもたくさんの女の子から好意を寄せられているはずだけど、きっと彼がいう「モテる」とはそういうことじゃないのだろう。

 まあ芹沢君と比べるから少なく感じるだけで、同時に二人からというのは、世間一般でいえば十分モテてるのかもしれないな。


「さて、師匠。真面目な話、どうするんですか?」


 僕がモテの定義について思考を巡らせていると、芹沢君が真剣な表情で聞いてきた。


「姐さんから告白されて、冬宮さんと別れることになって、たった一晩でいろいろあったと思います」

「全部知ってるんだね」

「ま、俺も一枚噛んでますから」


 なんとなくそんな気はしてた。

 心海に想いを告げられて僕がそれに応えようとして──そこへちょうどやってきた冬宮さんに目撃された。どう考えてもタイミングが良すぎる。

 僕が巡回から戻ったとき心海と芹沢君が話していたのは、おおかたその作戦会議だったのだろうと今ならわかる。


「それで、どうするって、なにをさ」

「師匠は、冬宮さんの言うとおり友達として冬宮さんと向き合うつもりなんですか?」

「……別れたからって、完全な他人にはなれないよ」

「そういうことじゃないって、わかってますよね?」

「……」


 核心に迫るような芹沢君の物言いに、思わず言葉に詰まる。

 そんなの、わかってるよ。


「冬宮さんと友達でいるのは別に構わないと思います。でもその間、姐さんはどうするんですか」

「……それは」

「姐さんは師匠に想いを告げて、師匠もそれに応えたのに。付き合うこともできずに、他の女の子が師匠にアタックするところを隣で見てろって、それはあんまりじゃないですか」

「芹沢君……」


 わかってるんだよ、そんなこと。

 僕が一番わかってる。

 僕は心海が好きなんだ。心海と付き合いたい。恋人にしたいのは、なってほしいのは心海なんだ。

 だけど、だからって。

 ただの友達から、クラスメイトだからって簡単に切り替えられないほどに、僕にとって冬宮さんの存在は、大きくなりすぎているんだ。

 どうすればいいのかなんて、僕にもわからないんだ。

 答えられなくて、黙ってしまった僕を見兼ねて、芹沢君はまた話し出す。


「……師匠。俺は──」


 しかしその言葉は、ある人によって遮られた。


「──あれ? 春野クン?」

「み、水卜先輩」


 それは、明るいショートカットがよく似合う、僕の先輩だった。






「ちょっと小蒔ちゃん、すとっぷ!」

「なんですか話はまだ──ってあれ?」

「あの女の人……同じ制服だけど、先輩、だよね?」

「ななななな、なんでお兄ちゃんに話しかけてるんですか」

「わたし、あの人、知ってる。すっごく美人だって噂になってる先輩だよ」

「そ、そんな人がどうして凛斗くんと……」

「「「ま、まさかあの人も……」」」






 

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罰ゲームで校内一の美少女に告白したらなぜかOKされて幼馴染と妹が修羅場 高海クロ @ktakami

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