第3話 あの人が苦手な理由


 「結月さん、これってどこに保存すればいいんですか?」


 パソコンの画面を覗き込みながら、後輩の藤井美咲が小首を傾げる。その仕草に、結月は無意識に奥歯を噛んだ。


 (またか……)


 美咲は去年入社したばかりの後輩で、明るく愛嬌がある。周囲の評判も悪くないし、仕事も決してできないわけじゃない。ただ——なんというか、妙に引っかかる。


 「前に説明したよね?」


 できるだけ柔らかい口調を心がけたが、自分でも棘が含まれているのがわかった。美咲は「すみません!」と申し訳なさそうに笑う。


 (この感じが、苦手なんだよな……)


 「申し訳ないです!」と平謝りする割に、また同じことを聞いてくる。悪気はないのかもしれないけれど、結月はこういうタイプがどうにも苦手だった。



 その夜、結月はヨガスタジオ「ルナ」のレッスンに参加していた。仕事帰りのヨガは、彼女にとって唯一の心を落ち着ける時間だった。


 「今日は、自分の内側を見つめる時間を持ちましょう」


 美月先生の落ち着いた声がスタジオに響く。結月は深く息を吸いながら、仰向けになり、目を閉じた。


 「もし、苦手な人がいるなら、その人を思い浮かべてみてください」


 (……苦手な人?)


 結月の脳裏に、美咲の顔が浮かぶ。


 「なぜ、その人が苦手なのでしょう? 何が引っかかりますか?」


 (なんで、私は美咲が苦手なんだろう?)


 自問した瞬間、心の奥で小さな違和感が広がった。


 「人は、自分と似ている部分がある相手に、無意識に反応することがあります」


 美月先生の言葉に、結月はハッと目を開けた。


 (……まさか)


 結月は、思い返した。入社当時、自分もよく先輩に同じ質問を繰り返していた。最初は一生懸命メモを取るのだけれど、あとで見返すとわからなくなり、結局また聞いてしまう。


 「前に説明したよね?」


 そう言われたときの、申し訳なさと焦り。


 (私も……同じだったんじゃない?)


 美咲のあの「すみません!」という笑顔。あれは、結月自身が過去に見せていた顔ではないか。


 結月はゆっくりと息を吐いた。



 翌日、美咲がまた「すみません、これって……」と尋ねてきた。


 いつもならイラッとする場面だった。でも結月は、一瞬考えてから口を開いた。


 「もしかして、前に言ったこと、メモしてる?」


 「えっ? あ、はい! 一応してるんですけど……」


 美咲は慌ててノートを開く。そこには細かい字でメモがびっしり。けれど、要点がバラバラで、どこに何が書いてあるのか自分でもわかっていないようだった。


 (ああ、昔の私みたい)


 結月は少し微笑んで、「じゃあ、一緒に整理してみようか」と言った。


 美咲は驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに頷いた。


 苦手だと思っていた相手が、自分を映す鏡だったと気づいたとき、結月の視界は少しだけ変わった気がした。


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