第2話 恋愛もバランスが大事


 「……なんで、そんな言い方するの?」


 カフェのテーブル越しに座る直哉を見つめながら、結月は心の中でため息をついた。


 週末のランチデート。はずだったのに、会話のたびに小さな棘が刺さるような感覚がある。直哉は別に怒っているわけじゃない。むしろ、普段通りの口調のはずなのに、些細な一言が妙に引っかかる。


 「それ、結月の考えすぎじゃない?」


 まただ。軽い調子で言われるその言葉が、最近やけに気に障る。結月はカップを持ち上げ、冷めかけたカフェラテを口に含んだ。心まで冷えてしまいそうな苦味。


 (価値観が合わないのかな……)


 そんな考えが頭をよぎる。


 付き合ってもうすぐ二年。最初の頃は、些細な違いも「そういう考え方もあるんだ」と新鮮に感じていた。でも最近は、「どうしてわかってくれないんだろう」と思うことのほうが多くなってきた気がする。



 その夜、結月はヨガスタジオ「ルナ」へ向かった。


 温かな照明の下、マットを敷いて座ると、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。レッスンが始まり、美月先生の優しい声がスタジオに響いた。


 「今日は、バランスポーズを練習していきましょう」


 バランスポーズ。結月は少し緊張する。片足で立つポーズは、苦手意識があった。


 「バランスを取るには、力だけじゃなく、柔軟性や呼吸の安定も大切です。ぐらついたら、一度リセットして、またチャレンジしてみましょう」


 結月は片足を床から浮かせた。グラッと揺れ、すぐに足を下ろす。


 (やっぱり苦手……)


 何度か試しながら、ふと気づく。力を入れすぎると逆に倒れそうになる。でも、力を抜きすぎてもダメ。自分の体の重心を感じながら、適度な緊張と緩和のバランスを取らなければならない。


 「バランスを取るのが難しいときは、一点を見つめてみてください」


 美月先生の言葉に従い、前方の壁にある観葉植物に視線を固定する。すると、不思議と体が安定してくる。


 「そうそう。バランスは、完璧に取ろうとするんじゃなくて、揺れながら調整していくものです。大事なのは、揺れたときにどう戻るか、ですね」


 結月の心がピクリと反応した。


 バランスは、揺れながら調整していくもの——。


 (もしかして、恋愛も同じ……?)


 付き合い始めた頃は、違いを楽しんでいたのに、今は「どうして揺れるの?」と不安ばかり感じていた。完璧な均衡を求めていたのは、自分のほうかもしれない。


 ヨガマットの上で、結月はそっと息を吐いた。



 レッスンを終えた帰り道、結月はスマホを取り出し、直哉の名前を見つめた。


 (次、会ったら話してみよう)


 どうして最近イライラするのか、何が引っかかるのか、ちゃんと言葉にして伝えよう。二人の関係も、バランスポーズのように調整しながら続いていくものなのかもしれない。


 深呼吸をひとつ。


 夜の空気は、さっきよりも心地よく感じられた。


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