3/9 動力源
元々錆付いていないウォークくんだったけれど、ペンキを塗り直して、さらに鮮やかになった。ボート型の口の笑顔もそのまんまで、新しいけれど懐かしいという不思議な気持ちを呼び起こす。
体の中の部品も、掃除したり新しくしたりで、ピカピカになった。あとは、動力源を調べて、それを用意すれば、問題なく動くはずだ。
『見違えるほど立派になったね』
そんなウォークくんの姿を観察していたオサリバンさんが、僕の方に白い紙を向けた。その上に、文字が浮かび上がってくる。
オサリバンさんは、いつの頃からか声が出せなくなって、魔法で自分の言いたいことを紙の上に文字で表せる、という方法でコミュニケーションをとっている。外国で開かれるような偉い魔術師の集まりにも出席するほどの魔術師である彼が、自分の喉を治さずに、どうしてそんな方法をしているのかは分からない。
「ありがとうございます。あの、それで、本題ですが……」
『ウォークくんの動力源のことだよね。中を開けてもらえるかな?』
僕は頷き、ウォークくんのおなか辺りにあるドアタイプの蓋を開ける。人間の背骨の部分には、代わりに歯車の組み合わせが入っているけれど、今度の本題はそこじゃない。内蓋に書かれていて、もう薄くなった文字だ。
オサリバンさんは、懐から虫眼鏡を取り出し、それでじっくり文字を見詰めている。虫眼鏡の外側は、細かな装飾が施されているように見えたが、それらは小さな小さな外国の文字だった。それで何かを読み取ったのだろうか、オサリバンさんは納得したように頷いて、僕の方に顔を向けた。
『話に聴いていた通り、ここが動力源となっているようだね』
「じゃあ、この円の中の魔方陣を描き直せば、ウォークくんは歩きだせるんですね?」
『うん。それはそうだけど、もっと大事な部分があってね……』
僕は、高鳴る胸で尋ねてみたが、オサリバンさんは、悲しそうな顔に変わる。そして、紙を持っていない方の手で、魔方陣の上のラテン語の文字を指さした。
『ここにね、「歩き続けよう、○○ある限り」と書いてあるんだ』
「どう言う意味ですか?」
『この文章自体が呪文となっていて、この○○が存在すると、それを動力源に、ウォークくんが動き続けるという仕組みになっているんだ』
「え、そんなすごい呪文なんですか」
僕は信じられないという気持ちで、ウォークくんを見た。薄暗いガレージの中、彼は今日も笑顔で立っている。ずっとその顔を見てきたからこそ、この子が呪文を使えば、半永久的に動き続けるのだということを受け入れがたかった。
『ただ、何がある限りなのかは、その部分が消えてしまって、分からないんだ』
「オサリバンさんでも、調べられないのですか?」
『ああ。この虫メガネは、消えてしまった言葉でも読み取ることが出来るけれど、それでも無理みたいだね』
オサリバンさんが、申し訳なさそうな顔になる。僕は、ここまでよくしてもらったので、「いえ、オサリバンさんの責任じゃないですよ」と返した。
だけど、オサリバンさんの力をもってしても、分からないなんて。経年劣化で消えてしまった、というだけではなさそうだ。何か、そこに不穏なことを読み取ってしまっている僕と反対に、オサリバンさんは急に明るい顔で呪文の開いている部分を指さした。
『だからね、ここは
「そんなこと、出来るんですか?」
『もちろん。そんな融通が利く呪文だからね。ラテン語で、僕が記入することになるけれど』
「何から何まで、ありがとうございます」
頭を下げてから、じゃあ、何と刻もうかと考える。
ウォークくんに精霊が宿るまで、歩き続けてほしいから、決して無くならないものがいいだろう。だとすれば、光とか、風とか……候補はすぐに出てきたけれど、一つに決めかねる。
「えっと、何にするのかは、もうちょっと考えてからもいいですか?」
『そうだね。お披露目会に書くのだから、そう急がなくてもいいよ』
「ええ、
僕が何気なく言ってみると、オサリバンさんは一瞬、息を呑んだ。すぐに、いつもの穏やかな笑みに戻る。
『そうだね。彼女にも、聞いてみるといいよ』
「……はい」
オサリバンさんは、由々菜の秘密を知っているのだろうか?
何か、そんな疑問が浮かび上がり、すぐに沈んでいく。由々菜は由々菜。それでいいじゃないか。
それに、明日、由々菜にウォークくんを見せる予定になっている。どんな反応をしてくれるかな。無邪気な期待感を込めて、僕はウォークくんを見詰めていた。
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