scene 8 妖術使い

対策を練ってから数日後。僕は人目のつかないベンチに座り、静かに昼休みを過ごしていた。



特にこれと言った事件は起きていないが、学園内では少し奇妙なことが多発していた。



「今日で100人目……か」



俺が言う100人目とは、この学園に在籍している生徒が、失踪した人数であった。



初めは隣のクラスの生徒から……次第に貴族科奉仕科問わず、姿を眩ませていた。



その中には……江郷えごうという生徒も含まれている。



まだ、失踪と決まっているわけではないが、教師陣の話によれば、連絡がつかないという。



何しろ学園の在籍数が多い以上、何かしらの流行り病という可能性もあり得る。



「決めつけは良くないがな……」



失踪しているとしか考えられないのも事実。



何かが影で蠢いている……それを予感するだけで、腐敗臭のした肉が、格別に美味しく感じる。



「あ〜! 最高の瞬間だなぁ!」



口いっぱいに肉を掻き込み、僕は大満足で噛み締めているなか……



「……誰だ? 隠れてないで出てきなよ」



すぐ近くの茂みに潜む気配を感じとり、僕は語気だけで警鐘を知らせた。



すると、茂みの中から出てきたのは、溢れ出るほどの涎を垂らし、薄紫色の髪を、鈴のついたヘアゴムで纏めている、女子生徒であった。



「あ、怪しいものでない。鍛錬の最中、美味そうな匂いを嗅ぎつけてきたものだ」



両手を上げて敵意はないと示しているが、彼女の瞳だけはガンギマッテいた。



「あなた……もしかして」


「ああ。私は3日前から、ご飯を口に———」



最後まで言い切る前に、彼女のお腹からは、獣のようなうめき声が聞こえてくる。



「あはは! これは恥ずかしい音を聞かせてしまったなぁ!」



高らかに笑う少女は、微塵も恥ずかしさを感じていない様子であった。



「ふふ……面白い方ですね」


「君は優しいのだな」


「良かったらですが、少し食べますか?」


「い、いいのか?」


「ええ。よろしければ」



そう言うと、少女は勢いよくコチラに駆け出すと、弁当箱の肉を摘み、口に投げ入れた。



「う〜んっ! 何とも旨い生姜焼きだ!」



女子は頬に手を乗せながら、久しぶりに食べる料理に感動していた。



「よろしければ、もっと食べてください」


「うむっ!」



彼女は遠慮することなく肉を1つ、また1つと摘んでいき、たった数秒で全て食べ切ってしまった。



「くはぁ〜! 最高だった!!」


「それは良かったです」


「君っ!! 名前を何と言うんだ?」


「僕は奉仕科2年、鬼原きはら 一尊かずたかと言います」


「そうかそうかっ! 一尊というのだな!」



何度も背中を叩きながら、彼女は自分の胸に手を置いた。



「私は貴族科2年、神庇護かみひご 莉亜りあだ! よろしくな一尊っ!」


「よろしくお願いします神庇護さん」



何とも奇妙な出会い方ではあるが、中々に面白いやつだな……



「ところで、神庇護さんは何を?」


「先も言ったが、私はここで鍛錬を積んでいたのだ」


「ご飯も食べずに……ですか?」


「食べずにと言うか……食べさせてくれないというか……」



何度も首を傾げながら、説明に困っている様子の神庇護。



「そうだなぁ……実際に見た方が早いかもな」


「実際?」


「ああ。少し待っててくれ」



神庇護は俺から少し距離を離すと、腰の後ろから扇子を取り出し、パッと広げてみせる。



その扇子をよく見ていると、10個ある折り目の部分に、何やら崩された文字が書かれていた。



そして、彼女は親指で9個目の文字をなぞると、突如として扇子が発光し、瞬く間にこの場を包み込む。



「うわぁぁぁ! やっぱり眩しいぞっ!」


「あ、アナタ様の技でしょ……」



やがてさ光が収まっていくと、目を覆う神庇護の前に、九つの尾を持った、可愛らしい狐が姿を見せた。



「こ、これは……?」


九尾狐狸きゅうびこりのコリンちゃんだ!」



目を閉じながら、何ともダサい名前を口にする神庇護。



だが、その名前に1番反応を示していたのは、九尾狐狸のコリンちゃんだった。



コンコンコーン!このバカ主人が!



コリンちゃんは神庇護に襲いかかると、何度も顔を引っ叩いてた。



「こ、コリンちゃん!? も、もう餌はないぞ!?」


コンコーン!アホかっ!コンコンコーンっ!これは名前を変えろって意味だ!


「な、何が何だか……」


「私はだなっ! 代々伝わる、妖術一家の末裔なのさっ!」



コリンちゃんに叩かれながら、神庇護は端的に自分のことを話す。



それにしても……妖術使いと言うことは、コリンちゃんは妖怪と呼ばれる存在なのだろう。



どうりで、俺はコリンちゃんの言葉がのか。



「と言うことは、今は躾をしている最中ですか?」


「なんだ、一尊は詳しいな」


「昔、本で読んだことがあるんです」



妖術使いは、魔法とはまた違った性質を持っている。



簡単に言えば、魔法は人為的に備わってきたものだが、妖術は人が持つ災いを糧にしている。



魔術的な力はもちろん。その災いは、人為的では証明できないものも引き寄せる。それがまさに、妖怪という訳である。



妖術使いは、理を無視する存在である妖怪に力を示し契約を交わす。目の前の九尾狐狸も、おそらく昔から、神庇護家と契約しているのだろう。



だが、契約者が代わってしまえば、改めて妖怪と契約し直さなければならない。



だからこそ神庇護は、"餌付け"という名の示し方で、契約を交わそうとしている。



……まあ、そもそもヘンテコな名前を付けている時点で、九尾狐狸は契約しそうにないがな。



「コリンちゃん! そろそろ私と契約をだなっ!」


コンコーン!だからっ! コンコンコーン!その名前で俺を呼ぶなっ!


「ぐはぁぁぁ!!」



コリンちゃんに強めの一発をもらい、神庇護は意識を失ってしまった。



コン!見たかっ! コンコーン!俺様の力をっ!


「何をバカなことを……」


コンところで コンコンコーン?お前は何者なんだ?



コリンちゃんはコチラを向き、何とも言えない圧をぶつけてくる。



「何者って?」


コン……コンコーン?俺の言葉……分かってるだろ?


「それの何が?」


コンコン……匂うんだよコンコンコーン人とは思えないほどの憎悪を



コリンちゃんの圧は、次第に神庇護を守るようにして、全身を包み込んだ。



コンコン莉亜に手を出したらコンコンコーン?お前を喰いちぎってやるからな?


「安心しろ。それよりお前は、早く神庇護と契約することを薦めるぜ?」


「……コンコンどうやらコンコンコーンそうした方がいいみたいだな



コリンちゃんは自分の手を、神庇護の手に乗せることで、新たな契約を交わしていた。



コンコン不本意だがコンコン仕方がない


「いい主人になると思うぞ?」


コンコン当たり前だ



コリンちゃんは後ろを振り返り、床に落ちている扇子へと向かう。



コンコンそれと……コンコンコーンお前にだから話すことがある


「何だ?」


コンコン最近の話だ……コンコンコーン森が何だか騒がしい


「どういう意味だ?」


コンコンおそらくコンコンコーン明日にでも災いがやってくるだろう



災いを糧にしているからこそ、コリンちゃんの話には説得力がある。



コンコンコーン主人にご飯をくれたお礼だ……コンコンコン?努努忘れるなよ?



そんな言葉を残して、コリンちゃんは扇子に手を置くと、文字となって扇子の中に入っていった。



「明日……か」



コリンちゃんの言葉を受け取った俺は、明日が最高の1日になることを確信して、教室へ戻るのだった。


△▼△▼△


薄暗い研究室……その中で巻き起こっていたのは、1人の貴族科の男子生徒が、何度も頴原かいはらに、腰を打ちつけている光景だった。



「こ、こんなところに呼び出してっ! お、俺の寵愛を何度も欲しやがって!」


「ええ! あなたの逞しいソレで! 私にもう一度出してくださいっ!」


「う、受け取れっ!」



欲望に抗えぬまま、男子生徒は頴原に全てを差し出す。



「はぁ……はぁ……ど、どうだ?」


「最高だわっ! アナタ……カッコいいわね」


「そ、そう……だろ……」



何度も体を動かし続けた男子は、やがて力尽きたかのように、女性にもたれかかる。



「これでお終いなのかしら?」


「う、うるせぇ……また回復したら……続きを———」


「はぁ……やっとのね」



頴原が冷めた言葉を吐くと、無造作に置かれていた血液注射を、男子生徒に打ち込んだ。



やがて、男子生徒はみるみる内に理性を失い、グレーに変色を始めたところで、彼女はsheepと書かれた紙と鉛筆を取り出した。



「"hを消して、"l"に変えることで……」


「ᚵᚢᚪᚪᚪᚪᚪ!!」


sleep眠れ



頴原がそう口にした瞬間、グレーに変色した男子生徒は、ゆっくりと眠りについた。



「ったく……何度も中に出しやがって」



彼女は何枚ものティッシュを手にし、中に注がれた液体を掻き出した。



「だが、これで100体も集まったなぁ!」



彼女は後ろを振り返り、暗幕を取り外した。



覆われていたのは、3mほどの培養カプセルであり、中で蠢いていたのは、99体もの魔神になり損ねた者たちであった。



「結局、あの子みたいな魔神は生まれなかったわねぇ」



目星をつけた貴族科と奉仕科の生徒を生贄にしていたため、強く期待はしていたが、そう易々とは生まれてこないらしい。



けれど、それ以上の成果を手にした頴原は、嬉しさのあまり顔を歪ませていた。



「しっかりと届いているわよねぇ! 明日にでも始めちゃうわよぉ!」



確認する手段はないが、頴原は僅かに地盤が揺れたのを感じ取った。



「うふふ……彼もやる気みたいね」


 

全ての計画が整った今……頴原は椅子に掛けていた白衣を見に纏い、不気味な笑い声をあげた。



「さぁ始めよう! 悪夢ナイトメアの時間をっ!」



各々の興奮が交錯するなか、時は翌日を迎えるのであった。

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