scene 6 蠢く闇

午後の授業が終わり、僕は帰り支度を速やかに終わらせ、学園の外へ出ていた。



「今日は面白かったなぁ〜!」



頭に思い浮かべるは、江郷えごうの引き攣った表情であった。



ただ、それと同時に思い出されるのは、それを途中で邪魔した、あの頴原という養護教諭である。



「使えないことはないけど、アレはだな」



平民であるらしいが、希少な魔法を扱う女性。見え隠れしていたは褒める点であるが、それ以外は何もない。



「まあ、焦らず見定めるとしようか」



もう1つやるべきことを見つけたところで、近道の裏路地の中に入る。



「それより気になるのは……出席人数だよな」



僕のクラスに在籍している奉仕科の生徒。いつもは全員出席であるが、今日は1人だけ欠席をしていた。



昨日の鍛錬授業の疲れが残っているのかと考えていたが、僕は別の角度から結論を出していた。



「あの死体……間違いなく僕のクラスの生徒だよな」



黒く焦げたような見た目であったが、紛れもなく奉仕科の制服を着ていた死体。



だが、体格の部分を見てみると、欠席していた生徒とは、似ても似つかなかったのである。



「理由が分からない以上、下手に考えても無駄か」



答えが出ない問題ほど無駄な時間はない。



何か裏で起こっているということだけ頭に入れ、僕は薄暗い道を歩いていく。



「テメェっ! 言われた仕事もできねぇのかよ!」



それなりに道を歩いていると、前から聞こえてきたのは、耳が裂けるような怒号であった。



「ご、ごめんなさい……ご、ごめんなさい」


「昨日も謝って、できてねぇじゃねぇかよ!」



俺の目に映るいつもの光景。貴族が平民を奴隷のように扱い、"できて"も"できなくて"も暴力を振るう日々。



「た、助けて……」


「あ?」



殴られている平民は僕に気づいたようで、続いて貴族のやつも振り向く。



「その制服……天宮学園のだが、お前は平民だろ?」


「はい」


「お前も、巻き込まれたくなかったら、早く立ち去れよ」


「……分かりました」



僕は深くお辞儀をして、歩いた道を逆戻りする。



面倒くさいことではあるが、変な事件を起こさないためには仕方がない。



僕が引いたのを見た貴族は、中断していた平民を痛めつけ直す。



「ど、どうして……ど、どうして助けて———」


「うるせぇよ。ゴミはゴミらしく、黙って現実を受け入れろ」



生々しい音と共に聞こえる声。それは意外にも、僕の耳には心地よかった。



このまま生きているといいな。そう心の中で言葉を吐いていると、この場が淀むのを感じた。



「こ、こんな世界……ま、間違ってるよ……」


「何をキモいこと言ってんだよゴミ?」


「うるせぇよ……ゴミは……お前たちの方だろっ!!」



俺が後ろを振り返ると、床に倒れていた平民は、おもむろに注射器を取り出し、自らの首に打ち込んだ。



その瞬間……平民は何事もなかったかのように立ち上がり、暴力を振るった貴族を指差す。



「お前らがいるから……お前らがいるからぁぁぁっ!!」


「て、テメェ!! な、何を————!!」



それは一瞬の出来事であった。気づいた時には、貴族は壁にめり込み、即死させられていた。



それをやったであろう、平民を見てみると、全身が禍々しい色に染まり、まさに化け物と言った姿へと変身していた。



ᚤᛟᚢᚤᚪᚴᚢようやく……ᚤᛟᚢᚤᚪᚴᚢᚴᛟᚱᛟᛋᛁᛏᚪᛣᛟようやく殺したぞ!」


「ルーン語だと!? どうしてこいつが!?」



化け物に変身したと思えば、言語まで変わっているとは。



何がどうなってるかは分からないが、間違いなく注射器に理由があるとしか思えない。



ᛋᛟᚢᛁᛖᛒᚪそう言えば……ᛟᛗᚪᛖᚺᚪᛟᚱᛖᚥᛟᛗᛁᛋᚢᛏᛖᚤᛟお前は俺を見捨てよᚢᛏᛟᛋᛁᛏᚪᚾᚪうとしたな?」


「なら、僕もここで殺してみせるかい?」


ᛋᚪᛋᛋᛁᚵᚪᛁᛁᚾᚪ察しがいいな



化け物がニヤリと笑ってみせると、地面を蹴り砕く力を利用して、僕の方へと駆け出した。


ᛋᛁᚾᛖᛖᛖᛖᛖᛖᛖしねええええええ!!」


「おっと」



僕は化け物の上を飛び、先ほどまで化け物がいた場所まで避ける。



そこで僕は、平民が自分に打った注射器を手にし、分析を始める。



「……やはり。魔銀家の血液注射か」



注射器の時点でそうだろうと思っていた。だが、どうやら中身は違うらしい。



「副作用はどうした? その姿は、確実に適合していないだろ?」



おそらくではあるが、目の前の平民は、魔銀家の血液注射では適合していないはず。



本物であるならば、平民はそれを打った段階で、命が無くなっているのだから。



「改造したというのか?……それとも———」


ᛋᛟᚾᚾᚪᚾᛟᛞそんなのどうᛟᚢᛞᛖᛗᛟᛁᛁᛞᚪᚱᛟでもいいだろ



尋ねようとしたが、化け物は聞く耳を持たずして、攻撃を仕掛けてくる。



「全く……油断も隙もないな」


ᚴᚢᛋᛟくそ! ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᛖᚪᛏᚪᚱᚪᚾᚪᛁどうして当たらない!」



化け物の動きは単純だからこそ、俺は全ての攻撃を見切り続けられる。



「はぁ……この様子だと、話も聞けそうにないな」


ᛋᚪᚴᚴᛁᚴさっきᚪᚱᚪᚢᚱᚢᛋᛖᛖᚾᛞᚪᚤᛟからうるせぇんだよ!」


「面倒だし、そろそろ終わらせるか」



俺は化け物から大きく距離を取り、ピンと右手を伸ばす。



「おいでよ。一撃で終わらせてあげるから」


ᚾᚪᚾᚪᛗᛖᚤᚪᚵᚪᛏᛏᛖなめやがって! ᚴᛟᚢᚴᚪᛁᛋᛁᛏᛖこうかいしᛗᛟᛋᛁᚱᚪᚾᛖᛖᛣᛟてもしらねぇぞ!!」



化け物は、自らに眠る力を全解放し、それを全身に纏わせている。



ᚴᛟᚱᛖᛞᛖᛟᚥᚪᚱᛁᛞᚪこれで終わりだ!」



始めとは別次元のスピードで、化け物は俺に向かって襲いかかる。



そして……俺の目の前で足を止めると、化け物は、何が起こったのか分からないという表情を浮かべていた。



「ほらな? 一撃で終わった」


ᛞᛟᛞᛟᚢᛋᛁᛏᛖᚴᛟᚢᚾᚪᛏᛏᚪどうしてこうなった……」



化け物は自分の心臓に突き刺さった俺の手を見ながら、その場に黒い血を吐き出して倒れる。



「自分の力を過信したな。だから俺の実力に気づかないで……って、もう死んでるか」



俺は突き刺さった手を抜き、付着した黒い血を舐めとる。



「うぇっ……血ってクソ不味いな」



味わえば何か分かると思ったが、それは意味を成さなかったらしい。



「それより、この注射器を持ち帰って、調べたほうが早いな」



とりあえず。魔銀家の注射器だけをポケットに入れ、とっととずらかったほうがよさそうだ。



騒ぎになると、面倒なのは平民である俺だからな。   



「……それじゃあ。早いとこ家に帰ろっかな!」



僕は死体ゴミをそのままにして、軽やかな足取りで近道を進んでいくのだった。

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