scene 5 江郷という男

翌日。奉仕科の教室へと足を踏み入れた僕は、自分の席に座りながら、外の景色を眺めていた。



「さてと……どう関わっていけばいいものか」



目的の人物と関係を深めるため、頭の中で思考を張り巡らせる。



手っ取り早いのは、鍛錬授業においての相手を努めることである。



だが、欲を言うならば、それ以上の何かを得て、大きなきっかけを作りたいと思っている。



「時間はまだある……慎重に進んでいかないとな」



たった些細なことでも、僕の計画は瓦解してしまう恐れがある。



果報は寝て待て。とりあえずは、来るべきに向けて準備をしておくことだろう。



「後は、アイツの情報次第だが———」



脳裏にとある少女の姿を浮かべていると、教室の扉付近から、謎の衝撃音が聞こえてくる。



「ようよう奉仕科ゴミ共、相変わらず辛気くせぇツラばかりだなぁ!」



他の生徒よりも二回りほど大きい男……確か、前に小柴こしばと揉めていた江郷えごうとか言ったか。



彼は粉々になった扉の破片を蹴り飛ばしながら、教卓の前まで歩みを進めていた。



「ちっ、相変わらずつまんねぇ反応だが……今日はお前たちに面白いもんを持ってきたぜぇ?」



彼の地響きを合図に、取り巻きの奴らが、人形のようなものを担ぎながら入ってくると、それは無造作に置かれた。



「今朝見つけたんだよなぁ!? これ、ゴミの仲間だろぉ!?」



奉仕科の生徒が人形に群がる。すると、青ざめた表情を浮かべながら、一歩ずつ後ろに引いていく。



それが気になった僕は、遅れながらもその人形を見てみると、間違いなく奉仕科の制服を来た、人間と言うにはあまりにも形容しがたい、何かの死体であった。



「誰がやったか知らねぇが! こりゃあ思わず吹いちまったぜっ!! 貴族俺たちに喧嘩でも売ったんだろうなぁ!?」



高らかに取り巻きと笑う江郷。そんな、あまりに常軌を逸した狂気に、奉仕科の生徒たちは心が持っていなかった。



その姿を見た江郷は、さらに大きな声をあげるなか、ふと、近くにいた僕と視線があった。



「テメェも応えたろ? 鬼原きはら 一尊かずたか


「僕のことを知っているとは、とても光栄ですね」



いつものように笑顔で挨拶をすると、江郷の表情は一変とする。



「お前……このゴミの死体を見て、何も思わねぇのか?」


「死体……ですか? こんなあまりにも人間離れしたもの、僕は全然知りませんけど」



コイツと話していれば何となく分かる。たまたま転がっていた死体を利用して、俺たち平民を服従させたいのだろう。



それも、矛先はこの僕と来たものだ。奉仕科の生徒から信頼のある僕が潰れれば、簡単に心は折れてしまうからな。



だが、こんなつまらないものを見たところで、俺の心は動かない。逆に、根拠つけて死体じゃないと言い張ることで、奉仕科の生徒たちの心は動き始める。



「そ、そうだっ! これは仲間の死体じゃない!」


「う、うんっ! 江郷くんがでっち上げで作ったものでしょ!」


「こ、こいつらっ……!」



明らかな殺気を奉仕科の生徒たちに向けている江郷だが、僕はその間に入ることで、全身で受け止めていた。



「後ろはダメですよ? 来るなら僕だけにしてくださいな」


「て、テメェ……あまり調子にのるなよっ!」



我慢を忘れた暴君は、腰に携えた剣を握り締め、一気に遅いかかってくる。



校則がある以上、僕は貴族科に対しての攻防が許されていない。



スピード……威力共に充分、並の生徒では防げないだろう攻撃であるが、僕は迷いなく、額で受け止めるのであった。



「なっ!?」


「僕、アナタ様に恨みを持たれるようなことは、何もしてないんですけどねぇ」



まあ、分かるよ江郷。貴族科でそこそこ実力がある自分より、底辺の奉仕科の分際で、お前より人気のある僕に嫉妬しているんだろう?



一言で表すなら……江郷と言う男は"プライドの塊"である。



生憎と、僕はこういうタイプの折りかたを知っている。これがまた最高に楽しいんだよなぁ。



「遠慮なさらないでください。僕はまだ平気ですよ?」


「な、舐めやがってっ!!」



江郷は怒りのままに、剣を振りかぶっては、風を切る音と共に振り下ろす。



だが、いくら振り下ろしても、俺の額に傷がつくことはない。



やがて、数分が経過したからだろう。何度も額に振り下ろされていた剣は、儚い金属音と共に、ポッキリと逝ってしまうのであった。



「あれ? これで終わりでしょうか?」


「お、おいっ! お前の武器を寄越せっ!」



江郷は取り巻きの武器を奪い取ると、相も変わらず振り下ろし続ける。



そんなものだから、剣が一本……また一本と砕けてしまい、結局、僕の額を傷つけられないまま、全ての武器が、武器としての役割を果たさなくなった。



「ば、化物っ……!」


「何をしているんですか! 続けましょうよ! 武器が無くなったら、アナタ様の拳でも構いませんよっ!」



スイッチの入った僕は、徐々に江郷へと詰め寄っていく。



対する江郷であるが、自分以上の狂気にあったのが初めてなのか、植え付けられた恐怖を隠そうとせず、ただただ後ろへ下がるだけであった。



「……早くしろよ。シラケんだろ?」


「く、来るなぁぁぁぁぁ!!」



じわじわと追い詰められていた江郷には、もう逃げられるスペースはなかった。



後は、俺がゆっくりと調理を始めるだけ。そうすればコイツの肉も————



————"止まりなさいっ!"



弾丸のように早い言葉が駆け抜けると、俺の目の前に立ち塞がったのは、円盤型の盾であった。



「どうしてこうなったか分からないけど、この光景は異常よ?」



円盤型の盾を使用した本人と思われる、白衣を見に纏った女性が、静かに俺に語りかける。



「誰ですかアナタは?」


「……そんなことは関係ないわ。さっさと後ろに引きなさい」



見ない顔ではあるが、どこか大人びた顔を持っている女性。おそらくは、今年度で配属された教師なのだろう。



ここで粘ってみても良かったが、周りの状況を考え、俺は後ろに下がった。



「今日の所は私が取り持つから、皆はいつも通りにしてなさい」



その女性は、一度江郷のことを気にかけ、問題ないと見ると、床に転がっている死体を拾い上げた。



「あなた、例え実力があったとしても、奉仕科の生徒として、身分をわきまえなさい」


「……承知しました」



女性が死体を担ぎながら教室を出ると、取り巻き連中も江郷を肩で支え、この場から消え去る。



「せ、先生はあんなこと言ってたけど……あ、ありがとうね鬼原くん」


「気にしなくていいよ。それより、あの女性の名前はなんて言うの?」


「ああ。あれば頴原かいはら 治癒ちゆ先生。今年度から養護教諭になった、俺たちと同じ平民だよ」


「へぇ……」


「しかも、私たちと同じ身分でありながら、魔法も使える凄い人なんだよ!」


「そうなんだ」



俺の余興を邪魔した奴が平民で、まさか魔法まで使えるとはな。まあ、今回は大目に見てやるさ。



ただ、次に俺の邪魔をした場合は容赦しない。そう心の中に決めるのであった。

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