scene 2 平民上がりの貴族
"奉仕科"の生徒が在籍する教室へ足を踏み入れると、中は騒然としていた。
おそらく先ほど学園の敷地内で起こった出来事について、各々が話しているのだろう。
そんな日常茶飯事とも言える光景を無視しながら、俺は1番端の窓側の席へと座る。
「まあ、無理もないか」
普通の人間からすれば、貴族科の生徒たちが、無情にも奉仕科の生徒へ襲いかかった……そう見えていただろう。
だが実際には、ただの人形と戯れている、楽しそうな貴族科の生徒たち……それが、先ほど起こっていた真実なのであった。
「哀れなものだよな……力も存分に持たない、烏合の衆に属している奴らは」
そんな同情にも似た言葉を吐いたところで、僕はいつもの調子に戻るのである。
「安心してよっ! 今後、皆に何か起きた時は、僕が必ず助けるからっ!」
「か、
「
そんな上辺だけの言葉を伝えることで、クラスの空気は一変する。
貴族科の生徒たちに気に入られながらも、奉仕科の生徒たちからの信頼を集める。
僕だって"平民"に属している人間なのだ、少しでも自分の立場を安定させるくらい、神様も許してくれるだろう。
△▼△▼△
午前の授業が終わり、昼ごはんを食べた俺たち奉仕科の生徒は、学園に併設されている運動場へと、足を運んでいた。
今日は1週間に1度予定されている、貴族科と合同の鍛錬授業であった。
……実際のところ、貴族科によるストレス解消がメインであるが、それは些細な問題に過ぎない。
「それじゃあ、貴族科と奉仕科の生徒で、それぞれ2人組を作ってくれ」
教師の指示によって、自然と2人組が作られていくなか、僕は相変わらず孤立してしまう。
普段は貴族科の生徒たちに信用されている俺だが、ストレス解消が目的のこの場では、僕相手では、役不足なのである。
「さて、他に誰が余っているかな……」
そんな感じで辺りを見回してみると、少し離れた場所で、ポツンと1人、女生徒が佇んでいたのが目に入った。
彼女も僕に気づいたようで、嬉々としてコチラに近づいてくる。
「相手がいないなら、私とペアを組まない?」
「もちろんです。僭越ながら、よろしくお願いします」
身分を弁えた挨拶を教師が耳にしたところで、何度か大きく手を叩いてみせ、全員の注目を集める。
「ペアが決まったようだから、後は好きに初めてもらって構わないからな」
吐き捨てるように開始を告げると、貴族科の生徒たちは、一斉に奉仕科の生徒たちへと襲いかかる。
この授業だけは、奉仕科の生徒たちは武器や魔法での攻防が許されているが、実力差も相まって、ほとんどの生徒たちは、防御に徹していた。
その様子を見て、僕と対峙している貴族科の女生徒は、唇を噛みながら、じっと睨みつけていた。
「どうしたのですか?」
「……いいえ。それより、私たちも始めましょうか」
「はい」
女生徒は、背中に携えていた、身の丈に合わないほどの弓を取り出し、コチラに向けてくる。
「その弓……どこかで見たような……!!」
馬鹿か僕は。役に徹しすぎて、相手の顔立ちや武器を見忘れるとは。
まさか……今日の相手が、今朝の事件の立役者である、
通りで、周りで繰り広げられている悲惨な光景に、唇を噛んでいたわけだ。
なにせコイツは、あのデカブツが言うに、平民上がりの貴族なのだから。
「……裏切り者」
「ん? どうかしたの?」
「いえ、お手柔らかにお願いします」
体裁の良い言葉を口にしたところで、僕は両拳を優しく握り、戦闘の構えを取る。
しかし、彼女は僕の構えを見て、驚きが隠さないといった様子であった。
「アナタ……武器は持っていないの?」
「ええ。これが僕のスタイルですから」
「面白いわねぇ……名前はなんていうのかしら?」
「申し遅れました。私は奉仕科2年、
「鬼原……!?」
僕の名前を耳にした瞬間、彼女は、まるで強敵と対峙しているかのような表情へと変わる。
「その様子だと、名前だけは周知してくれているみたいですね」
「当たり前よ。アナタが色々と凄いのは、貴族科の中でも有名だもの」
「そのように言っていただいているとは、思いもしなかったです」
「ええ。けれどもそれは、私にとっては耐え難いものとなってるけどね」
どういう意図があって、そんな言葉を吐いたか分からないが、僕には、アナタこそが貴族に選ばれるべき存在なのだと、遠回しに言われているようだった。
「だから、申し訳ないけれど、私は一切手は抜けないわよ?」
「当然です。そしてそれは、こっちのセリフでもありますよ?」
僕が最後に放った言葉を皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされるのであった。
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