最低最悪の鬼執事!
吉川
Chapter 0 〇〇 〇〇の独白
scene 0 襲撃前夜
いつからだろう……世界が"貴族"と"平民"で区別されるようになったのは。
これまでの歴史によれば、力を持った人類が、貴族と平民を区別する法律を作ったからだと言う、曖昧な結果が出されている。
けれど、元を辿ってみれば、数百年前に世界で起きた飢饉によって、人類の生存競争が始まったことが、要因として存在していた。
それは……かつて日本と呼ばれていたこの場所も、例外ではない。
そして……そこで力を手にした家柄どもが、勝手に"貴族"と名乗りを上げ、その他を"平民"に格付けしたというのが事実であった。
前の屋敷に残っていた資料には、血が滲んだようなインクで、過去に起こったであろう現実が、無情にも書き記されてあった。
他にも、飢饉以前の生活についても書かれており、そこには、人類が争うことなど知らず、毎日が笑顔で平穏な暮らしがあったことが綴られていた。
……そんな世界があったのならば、一度でいいから、この目で見てみたいものだとオレは思う。
なにせ今の世界と言えば……生存競争を勝ち上がった貴族どもが、過去の功績を誇示し、平民たちを奴隷のように扱う。
平民たちは生き延びるため、貴族どもの機嫌を損ねないように生きている。
オレたちは……毎日、地獄を見せられている。
だが……そんなゴミみたいな世界は、もうすぐ終焉を迎える。
すぐそこに待つ、"最高の未来"を思い浮かべるだけで、自然と笑みが溢れてしまいそうだ。
「ククク……何を思って笑っているのだ? 我が主人様よ」
左眼に眼帯を付けた少女が、この真っ暗に染まった部屋へ、静かに入室してくる。
「お前だって分かってんだろ? それより、例のブツは持ってきたんだろうな?」
「安心せい……主人様の"デュランダル"はここにある」
左眼に眼帯を付けた少女が腕を組みながら、人差し指をトンとさせる。
すると彼女の顔付近から、どこからともなく、一本の剣が姿を見せる。
「馬鹿なことを言うな……オレの剣に、そんな大層な名前は付いてねぇ」
「ククク……そう言うのは、形から入るのが面白いのだぞ?」
「ったく……まあいい。さっさとそれを寄越せ」
「相変わらず釣れないのぉ、主人様は」
渋々といった表情の少女から、剣を受け取る。
刀身は概ね60センチメートル。長くも短くもなく、シンプルな見た目の片手剣だが、魔法を纏わせ目標と対峙するのには、充分な代物である。
「そろそろ……世界は新たな幕を開けるのだな」
隣まで近づいてきた少女は、高揚感を隠すことなく、俺に語りかける。
「ここまで長かったからな……同胞たちには、悪いと思っているさ」
「そんなことはないと思うぞ、主人様」
「どう言う意味だ?」
「ここで話すよりも、実際に見てもらった方が早かろう」
そう言うと、少女は珍しく詠唱を始めた。
時間にして数秒……詠唱が終わると、目の前に現れたのは、ドス黒く禍々しいオーラを放った、ゲートであった。
「時間だ。これを付けて、ついてくるのだ主人様よ」
「ああ」
少女から悪鬼羅刹のお面を受け取り、ゲートの中を通り抜ける。
どこかフワフワとした感触が全身を襲うなか、ゲートを抜けた先は、物見櫓の上へと続いていた。
そこから少しだけ歩みを進めると、辺り一体を見下ろすことができ、顔を覆うようにして仮面をつけた無数の集団がオレたちの姿を捉えると、大きな歓声が湧き上がる。
「おぉ! 遂に"
「その横にいらっしゃるのは、"
「すごいわっ! まさかお二人の姿を、この目で拝謁できるなんてっ!」
歓声は止まることを知らず、更に肥大化を見せる一方である。
「静まるのだっ! これより、我が主人様よりお言葉を頂くっ!」
少女の掛け声を聞くと、辺りは静寂に包まれていく。
その姿を見届けたオレは、一度大きな咳払いを挟み、冷たい手すりへ手を置く。
「まずは同胞たちよ……今日という日まで待たせてしまい、悪かったな」
本心から伝えた言葉に、3人を除いた同胞たちは頭を垂らす。
「お前たちっ! 頭が高いぞっ!」
「うっせーよ"
「"
「そこまでにしろ"
「そんなこと言って、テメェも同じだったろ"
「そうよっ! "首領様"の前だからって、いいカッコすんなしっ!」
「……ほぉ? 言い残す言葉はそれでいいみたいだな?」
「ったく……テメェらいい加減にしろよ?」
「「「っ!!」」」
ごく僅かな力を乗せて発した言葉だが、目の前のバカ共を黙らせるのには、ちょうど良かったらしい。
「オレは"悪かった"と謝ったんだ。今はそれで勘弁してくんねぇかな?」
————"コクコクッ!!"
「分かってくれたみてぇで助かるよ」
……話は逸れてしまったが、ここで本題に戻すとしよう。
「さて……明日は"貴族祭"が行われる。その前に改めて、作戦内容を伝えよう」
「ククク……ここからは我に任せておれ」
薄らと笑みを浮かべながら、少女は一歩前に出る。
「ターゲットは2人……
「なあ、それってつまり殺しちまってもいいってことかぁ?」
「それだけはオレが許さん。そんなことをすれば、奴らと同じになるからな」
「なら、殺さない程度に痛めつければいいのね」
「力加減が難しいが、それが"首領様"の命令ならば致し方ない」
不満はあるらしいが、アイツらと同じ行為をすることだけは、絶対に嫌だということが伝わってくる。
「唯我家は純粋な戦闘力はもちろん、魔法分野においても、秀でた才能を持っている」
「厄介な相手みてぇだな」
「捕縛に関しては、我と主人様が担当する。唯我の犬もおるわけだから、一筋縄ではいかないがな」
「ってことは、スムーズに事が進むためには、あーし達の力次第ってわけね」
「難しい立ち回りになるだろうが、お前達には期待している」
「"首領様"に期待されてしまっては、コチラもヘマをするわけにはいかないな」
「ククク……我からの話はここまでに、最後は主人様に任せるとしようか」
場所を入れ替わるようにして、俺は再度全体が見下ろせる位置へと移動する。
「同胞たちよ……改めて、ここまで我慢させてしまったことを謝罪しよう」
先ほどとは打って変わり、気にするなと言わんばかりの歓声を、同胞全員から受けとる。
オレは、僅かに口角を上げると、腰に携えた剣を天に突き上げる。
「さあ同胞たちよ! 明日は変革の時だ! 最後に……このクソみたいな夜に、別れを告げようぜ!」
"襲撃前夜"……オレたちの意志が1つに重なる時、これまで受けてきた痛みが、この地に向けられるのであった。
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